――私は「解像力より階調」だと思っていた。カタログは、何を売っていたのか。
「大判レンズは階調重視」——私はそう思っていた
私の中には、「大判レンズは解像力だけでなく、階調を重視して作られている」というイメージが、いまでも残っています。どこで聞いたのか、何かで読んだのか、思い出せません。たぶん、どこかで聞いたか読んだかしたのだと思います。
先に断っておくと、今回、当時のメーカーの資料を読み直してみて、「大判レンズは解像力を犠牲にして階調を重視した」という一般的な話は、その資料の中には見つかりませんでした。ただし、それは当時そういう語りがなかったという証明でもありません。この記事は、私の記憶が間違っていたと決めつけるためのものではなく、では私はなぜそう感じていたのか、メーカー自身は何を目指していたのか、を見ていくものです。
もう一つ、先に書いておきます。4×5 のレンズを買うとき、私が最初に見ていたのは解像力の数値ではありませんでした。まずイメージサークル。次に、発色が自分の好みに合うか。それからコンパクトさ。解像力やコントラストの数値は「ちらっとは見る」程度で、第一級のメーカーなら十分だろう、実写しないと最終的な印象は分からない、と考えていました。
最初の 4×5 は、システム一式をボーナスでまとめて買いました。標準の 150mm がセットに付いてきて、広角の 65mm を買い足しました。それから 1 年半ほどして、別のメーカーの 150mm を買いました。当時の日本語のカタログに、そのレンズが「究極のレンズ」として書かれていた、と記憶しています。実際にどう写るかは、買うまで分かりませんでした。
そのカタログを、もう一度読み直してみます。ただしこの記事は、大判レンズの歴史やカタログの一覧を並べる記事ではありません。問いは一つです。私が持っている「解像力より階調」というイメージは、メーカー自身の言葉と合っているのか。合っていないとしたら、メーカーは何を売り、私は何を見ていたのか。
ここで一度、答えを出します
今回読んだ一次資料——富士、ニコン、シュナイダー、ローデンシュトックの大判レンズのカタログ——の範囲では、「大判レンズは解像力を犠牲にして階調を重視した」という一般論は確認できませんでした。それは、当時そういう考えがどこにもなかったという証明ではありません。ただ、メーカーが自分の言葉で売っていたのは、解像力、コントラスト、写る範囲(イメージサークル)、色、フレア、周辺光量、歪曲——それらを別々の項目として、同時に、でした。
もう一つ。カタログに書いてある f/16 や f/22 という絞りは、「その絞りで写る範囲」の条件として書かれているものであって、「中心が一番よく写る絞り」の宣言ではありません。この点はあとで説明します。
そして、私自身の話です。私がレンズを選ぶときに見ていたのは、イメージサークルと発色でした。その理由の一つに、大きな原版がプリントに対して持っていた解像力の余裕があったのかもしれない、と今は思います。これは資料が示す事実ではなく、私の推測です。この記事は、資料が示すことと、計算できること、私が見ていたことを、混ぜずに書きます。
前の記事で、Velvia が「高画質フィルム」として使われた理由を書いたとき、青空の描写の違いを私はレンズのせいだと思っていた、と短く触れました。その続きです。ただし、その青空の原因は、この記事でも確かめません。
カタログは、何を同時に売っていたか
当時の大判レンズのカタログは、どのメーカーも、いくつもの性能を並べて売っていました。
ニコンの大判レンズのカタログ(今回参照したのは、2000 年代初めの英語版です)は、広角系では高い解像力と像のコントラスト、フレアの少なさを、標準系では収差補正と高いコントラスト、忠実な色を、望遠系では ED ガラスによる色収差の補正と、フレアやゴーストのないシャープさを、それぞれ別の言葉で挙げています。長焦点系のカタログには、「色と濃淡の微妙な変化を忠実に再現する」ことと「高い解像力とコントラスト」が、同じ製品の説明の中に並んでいます(英語版からの訳)。解像力と階調のどちらかを取る、という書き方ではありません。
ローデンシュトックの後年の英語版カタログは、標準レンズの上位版について、「イメージサークルの外側の部分で、複雑で細かい構造を再現するときに真価を発揮する」と書き、画角を広げて「より大きなシフトができる」ことを売りにしています(英語版からの訳)。ここで売られているのは中心の解像力ではなく、周辺——アオリで使う場所——の描写と、動かせる余白です。
シュナイダーの資料も、シャープネスとコントラストを、周辺、周辺光量、歪曲、アオリの余裕といった別の項目と並べて書いています。富士の大判レンズのカタログは、フィルムの性能を引き出すための高性能化を売っていて、解像力を引っ込めたと読める書き方はしていません。
ここで気をつけたいのは、これがメーカーの売り込みだということです。「忠実な色」「フレアがない」と書いてあることは事実ですが、それが測定で他社より優れていたことを意味するわけではありません。分かるのは、当時のメーカーが、解像力だけを売っていたのでも、解像力を引っ込めて階調を売っていたのでもなかった、ということです。解像力、コントラスト、写る範囲、色、フレア、周辺光量。売り込みの時点で、すでに複数の軸が並んでいました。
f/22 は、「一番よく写る絞り」ではなかった
大判レンズのカタログには、イメージサークルの直径が「f/22 で何 mm」「f/16 で何 mm」と書いてあります。この f/16 や f/22 は、「その絞りまで絞ったときに、これだけの範囲が使えます」という、写る範囲の条件です。「このレンズは f/22 で一番よく写ります」という意味ではありません。
ここは誤解されやすいところです。「大判は f/22 で撮るもの」という言い方は、私も聞いてきましたし、4×5 で撮られた写真集の撮影データに f/22 が並んでいるのを見て、「山岳写真なら f/22 固定ですよね」と聞かれたこともあります。けれど、f/22 が選ばれる理由は、中心の解像力のピークではありません。写る範囲を確保すること、被写界深度、アオリを使ったときのピント面の余裕。そういう理由で絞られていた絞りです。
実際、ローデンシュトックは上位の標準レンズについて、「周辺まで良好なので、他の大判レンズより開けて使える。回折によるボケを避けるために f/22 ではなく f/16 を常用絞りにできる」という趣旨のことを書いています(後年の英語版からの訳)。メーカー自身が、f/22 を最良の絞りだとは言っていないのです。絞りを開けたときの性能と回折の一般論は、F8 の記事と「2〜3 段絞ると」の記事で書いたので、ここでは繰り返しません。
私自身は、4×5 では通常 f/22 で撮っていました。アオリを使ったときのピントのずれ——私は「アオリボケ」と呼んでいました——や、被写界深度が心配なときは f/32 や f/45 まで絞りました。ピント合わせと構図とアオリの操作は、絞りを開けたままやります。絞り込むとピントグラスが暗くなりすぎて、確認できないからです。
正直に書くと、当時の私は「蛇腹のカメラは回折に強い」と信じていて、ほとんど疑っていませんでした。絞りを変えて系統的に撮り比べる、ということは、フィルム代と現像代を考えるとやりませんでした。これは当時の私の信念であって、蛇腹のカメラそのものが回折に強いという事実ではありません。回折はレンズの絞りで決まる話です。
イメージサークルは「写る範囲」ではなく、「動かせる余白」
蛇腹のカメラを使う理由は、アオリです。ライズ、フォール、ティルト、スイング。私はこれを日常的に使っていました。「アオリを使わないのであれば、蛇腹のカメラは要らない。もっと機動力のある中判カメラは腐るほど売ってる」というのが、当時の私の考えでした。
アオリを使うということは、レンズが像を結ぶ円——イメージサークル——の中で、フィルムの位置をずらすということです。だからイメージサークルは、フィルムを「覆えるかどうか」の範囲ではなく、「どれだけ動かせるか」の余白として見ます。カタログのイメージサークルの表には、フォーマットごとに上下・左右に何 mm 動かせるかが書かれていて、レンズを選ぶときはそこを見ていました。私にとってイメージサークルは、今でいう開放 F 値を見るくらい、見るのが当たり前のスペックでした。
だから私の選び方は、まずイメージサークルでした。5×7 をカバーし、できれば 8×10 まで使えるものが望ましい。ただしそれは絶対条件ではなくて、描写に魅力のあるレンズなら、写る範囲の妥協は許容していました。
余白がぎりぎりだったレンズもあります。私が使っていた超広角の 35mm と 45mm は、6×12 のフォーマットを覆うのがやっとで、レンズの光軸とフィルムバックを「ビシッと」合わせないと、隅が欠けました。後年の英語版カタログを見ると、その 35mm は 6×9 まで、45mm は 6×12 までを推奨フォーマットとしていて、6×12 で動かせる余白はわずかです。私の記憶と、資料の側が言っていることは、ここでは一致します。90mm や 65mm では蛇腹が干渉するので、袋蛇腹を買いました。それでも余白は厳しかった。
イメージサークルが大きいレンズが、そのまま良いレンズだ、という話ではありません。写る範囲と、写りの質は別です。アオリで使う周辺の描写は、メーカーがわざわざ売りにしていたくらいですから、性能軸の一つでした。ただ、動かしたあとのピント面がどうなるか——アオリボケの話——は、レンズの話ではなく、カメラとピントの話です。それは次の記事に回します。
同じ大きさに伸ばすなら、小さい原版ほど大きく拡大する
ここで、レンズから少し離れて、原版の大きさの話をします。
同じ大きさのプリントを作るなら、原版が小さいほど大きく拡大しなければなりません。当たり前のことですが、これが大判の余裕の一つです。
当時の私の感覚で言えば、「フィルムがこれだけ大きくなるなら、解像度は一桁丸儲け」くらいに思っていました。35mm から 4×5 に移ったときの実感です。
もちろん、これは私の感覚的な言い方です。今回、条件を決めて逆算してみました。現在の富士フイルムの呼び方と寸法で「全倍」(600×900 mm)のプリントを、原版全体をそのまま収める前提で作るとします。35mm(24×36 mm)は約 25 倍、6×9(56×82 mm)は約 11 倍、6×12(56×112 mm)は約 8 倍、4×5(画面は約 96×120 mm)は約 6 倍に拡大することになります。プリントの上で同じ細かさを保とうとすれば、原版の側に要求される細かさは、拡大率に比例します。つまり、同じ全倍サイズへ伸ばす条件で逆算すると、35mm と 4×5 では、原版の側に要求される細かさに、およそ 4 倍の差が出ます。
図1:同じ全倍サイズ(現在の富士フイルムの呼び方で 600×900 mm)のプリントへ、35mm・6×9・6×12・4×5 の原版をそれぞれ拡大する。原版全体をそのまま収める前提で、拡大率は約 25 倍・11 倍・8 倍・6 倍。順位や優劣を示す図ではなく、同じプリントを作るにも原版によって必要な拡大率が違う、ということだけを描いている。鑑賞距離は別の話。本サイトの整理。
「一桁」ではありません。線の細かさで見れば、約 4 倍です。数字の細かい条件は、この記事の後半に置きます。
ここから何が言えて、何が言えないか。言えるのは、大きな原版は、同じプリントに対して要求される細かさが低い、という幾何です。言えないのは、「だから 4×5 なら何本/mm で十分」とか「35mm には何倍の解像力のレンズが必要」といった、レンズやフィルムの絶対的な合否です。大判レンズの当時の測定値は、私の手元の資料にはありません。前の記事で書いた拡大率の話は、粒子が目立たなくなるという方向でしたが、レンズに要求される細かさが下がる、という方向も同じ幾何です。
そして、この余裕が、私の目をイメージサークルや色へ向けやすくしていたのか。私はそうだったのかもしれない、と思っています。ただ、それは私の推測です。メーカーがそう設計したという話ではありませんし、当時の私が「余裕があるから他を見よう」と考えていたわけでもありません。
私がレンズに見ていたもの——線画と、色の間
ここからは、資料ではなく、私の見え方の話です。
最初の 4×5 で買い足した 65mm の広角は、ニコンのものでした。第一印象は「すごいシャープで、中判というのはこんなにも情報量が圧倒的なのか!!」でした。セットに付いてきた標準の 150mm と比べると、その 150mm は「なんか、とりあえず写る、って感じ」に見えました。
1 年半ほどして、ローデンシュトックの 150mm を買いました。カタログの言葉に惹かれて買ったので、写りは買うまで分かりませんでした。撮って、発色に驚きました。最初の強い記憶は、山の緑と青空です。おそらく 6×9 のポジ、フィルムは Velvia だったと思います。
その後、ニコンの 65mm を、ローデンシュトックの 65mm に置き換えました。同じ条件で一応、撮り比べもしました。ただ、普段の撮影ですでに違いは明らかだと感じていたので、テストは確認に近いものでした。それからニコンの 65mm は使わなくなりました。
当時の私の言葉で言うと、ニコンの 65mm は「解像度に全振り」でした。「エッジしか写らない感じ」「線画っぽい」。ローデンシュトックは「グラデーションに全振り」でした。「フルカラーのアニメというか CG」。「肉眼で見ている感じが強調されている」。ただし、自然ではないのです。肉眼では、あんなに細部までは見えないから。
言い換えれば、こうなります。細部はものすごく写っている。でも細部を「線」で見せるのではなく、その間にある色や濃淡まで一緒に残っている。私にはそう見えました。
これは私の見え方であって、レンズの設計の事実ではありません。二本のレンズを同じ条件で比べたのは一組だけですし、「ニコンは線画」「ローデンシュトックは階調」というメーカー一般の話にはなりません。実際、後になって使ったニコンの望遠系のレンズ——後群を交換して 360mm、500mm、720mm として使えるもの——は、望遠設計は難しいという認識があって、ニコンの解像力への期待もあって選んだものですが、実際に使ってみると「バリバリ高解像度」という嫌な印象はなく、階調にも不満はありませんでした。つまり私の経験の中でも、「ニコン=解像度だけ」にはならないのです。
もう一つ、富士のレンズも使っていました。250mm と、たしか 300mm、400mm 台のものです。250mm は比較的大きなレンズだった記憶があります。それより長い焦点距離には、暗い代わりに軽く、イメージサークルが非常に大きなものがありました。正確な型番や焦点距離は、いまは確定できません。発色はローデンシュトックとかなり似ていて、私は勝手に「廉価版ローデンシュトック」と位置づけていました。ローデンシュトックのラインアップにない焦点距離は、富士で埋めていました。これも私の位置づけであって、客観的な評価ではありません。
なぜレンズで色が違って見えたのか、その原因は、この記事でも確かめません。私にそう見えた、というところまでです。
周りはニコンが多かった——同人「四季」の話
私が入っていた山岳写真の同人では、多くの人がニコンの大判レンズを使っていました。35mm でニコンを使ってきた人が大判に進んで、馴染みのメーカーを選ぶのは自然なことです。そして当時、メーカーごとの描写の違いを強く意識している人は、多くなかったと思います。インターネットはなく、写真集やムックは印刷を通しているので、微妙なレンズの差は判断しにくい。差を見るなら、現像から上がったポジをライトボックスの上でルーペで見るのが一番早くて、お金もかかりません。ほかの人のポジとも、同じ環境ですぐ比べられます。ただ、私が他人のポジから銘柄の差を系統的に分析していたわけではありません。
前の記事で書いた友人の話を、もう少しだけ続けます。「村田さんの撮る写真は、なぜいつも青空の色がすごく良いの? 撮影条件が悪い時だってあるはずなのに」と言われて、私は「違うとしたら、レンズ位しかないね」と答えました。その友人は、その後、持っているレンズをローデンシュトックに替えました。
後日、同人の合同撮影で、ローデンシュトックを使っている人が多いことに気づきました。「へー」「やっと気づいたのか」——そして、ちょっと悔しいというか、秘密にしておけばよかったかも、と思ったのを覚えています。
これは一つの同人の中の話です。市場でどちらが多かったかという話ではありませんし、私が広めたという話でもありません。友人からほかのメンバーへ伝わったのかどうかも、分かりません。
全倍では「ビクともしない」、1m × 2m で見えたもの
原版の余裕の話に戻ります。
4×5 の原版は、全倍くらいのプリントでは、ビクともしないと思います。これは私の経験からの感覚で、レンズやフィルムの測定値に基づく話ではありません。
一方で、限界が見え始めた経験もあります。6×12 のポジを、写真展のために約 1m × 2m に光学プリントしたことがあります。巨大な広告のように遠くからだけ見るものではなく、観客は普通に近くまで寄って見ます。そのプリントでは、周辺が少し緩み始めていて、粒子も分かったと思います。色と彩度も落ち気味だった記憶があります。当時は、光学プリントだから仕方がない、と思っていました。
これを「6×12 用のレンズの解像力の限界だった」とは書けません。1m × 2m へ伸ばすということは、6×12 の原版を約 18 倍に拡大するということで、レンズだけでなく、フィルム、引き伸ばしのレンズ、印画紙、現像、そして観客がどこから見るか、その全部が結果に入っています。分かるのは、そこまで伸ばすと、鎖のどこかが見え始めた、ということまでです。
後年、プリントを焼いている人から、カメラの解像度を上げても、それがそのままプリントに出るわけではない、という趣旨の話を聞いたことがあります。原版の側に余裕があっても、プリントの側にも写真が通る関門がある。その話は、別の記事に回します。
私の見え方と、設計の事実は別の層
私がレンズを選ぶとき見ていたのは、イメージサークルと、発色と、コンパクトさでした。解像力の数値は、第一級のメーカーなら十分だろうと思って、ちらっと見る程度でした。「大判レンズは解像力より階調」という記憶は、いまも残っています。どこで聞いたか読んだかは、思い出せません。
今回確認できた資料が言っているのは、こうです。メーカーは、解像力を引っ込めて階調を売ったのではなく、解像力、コントラスト、写る範囲、色、フレアを、同時に成り立たせようとしていた。f/22 は写る範囲を確保する絞りであって、一番よく写る絞りの宣言ではなかった。
今回計算できたのは、幾何です。大きな原版は、同じプリントに対して要求される細かさが低い。全倍なら、35mm と 4×5 でおよそ 4 倍。
まだ分からないことも、そのままにしておきます。私の目がイメージサークルや色へ向いた理由が、その余裕にあったのかは、私の推測にすぎません。レンズによって色が違って見えた原因も、確かめていません。「解像力より階調」という語りが、当時どこから来たのかも分かりません。
大判レンズは解像力を捨てて階調を選んだ——少なくとも、今回確認したメーカーの資料からは、そういう単純な話は見えてきませんでした。メーカーの資料から見えるのは、複数の性能を同時に成立させようとしたレンズです。一方で私は、そのレンズの中で、イメージサークルと発色を強く見ていました。この二つは、別の層の話です。
そして、良いレンズを買えば最高画質だったのか。レンズの次には、ピントと、フィルムの平面と、迷光の話が残っています。それは次の記事「大判の高画質を支えていたのは、レンズだけだったのか?」で書きました。
ここから先は、もう少し詳しく知りたい人へ
この記事で必要な結論は、ここまでで完結しています。ここから先は、本文で短く済ませたところの根拠と、分かっていないことを、もう少し細かく見たい人への補足です。新しい主張はありません。
カタログの言葉——四社の訴求
今回の調査で読んだのは、富士写真フイルムの大判レンズのカタログ(1995 年ごろの日本語版、前の記事で触れたもの)、ニコンの大判レンズのカタログ(2000 年代初めの英語版)、シュナイダーとローデンシュトックの英語版カタログ(発行年が不確かなものを含む後年のもの)です。これらは私が大判を使っていた 1990 年代の版そのものではありません。当時の版と同じ文言だったかは確認できていません。
各社に共通するのは、解像力またはシャープネス、コントラスト、収差補正、写る範囲とアオリの余白、色、フレアやコーティング、歪曲、周辺光量を、それぞれ別の項目として挙げていることです。ニコンの長焦点系の説明に「色と濃淡の微妙な変化の忠実な再現」と「高い解像力とコントラスト」が並んでいるのは、「解像力か階調か」という二者択一の反例になります。ただし、これらはすべてメーカーの言葉であって、測定で確かめられた優劣ではありません。
イメージサークル表の読み方
一例として、ローデンシュトックの後年の英語版カタログでは、標準の 150mm の上位版が、常用絞り f/11〜22、画角 75°、イメージサークル直径 231 mm と書かれ、6×12 では上下 72 mm・左右 55 mm、4×5 では上下 51 mm・左右 45 mm 動かせる、と表になっています。超広角の 35mm は画角 120°で直径 125 mm、45mm は 110°で直径 131 mm。推奨フォーマットはそれぞれ 6×9 まで、6×12 まで。ニコンの 65mm は、f/16 で直径 170 mm(4×5 用)とあります。
読むときの注意を二つ。第一に、この直径は指定の絞りでの値で、実際に使える範囲と同じとは限りません。第二に、メーカーごとに条件の決め方が違うので、この数字で他社と順位をつけることはできません。
f/16 と f/22 と回折
イメージサークルの表に書かれた f/16 や f/22 は、その絞りでの写る範囲の条件です。ローデンシュトックは上位の標準レンズについて、周辺まで良好なので f/22 ではなく f/16 を常用絞りにでき、回折によるボケを避けられる、と書いています。シュナイダーは、等倍の接写では f/22 が実効 f/45 になり回折でシャープさが落ちるので、必要以上に絞らないように、と注意しています。絞りと回折の一般論は、F8 の記事と「2〜3 段」の記事にあります。
同じプリントサイズから逆算する
本文の数字の条件です。プリントの寸法は、現在の富士フイルムのプリントサービスの呼び方と寸法(半切 356×432 mm、全紙 457×560 mm、大全紙 508×610 mm、全倍 600×900 mm)を使いました。1990 年代の同じ名称が同じ寸法だったかは、当時の資料では確認していません。原版の寸法は、35mm を 24×36 mm、6×9 と 6×12 はホースマンのロールフィルムホルダーの画面(56×82 mm、56×112 mm)、4×5 はホルダーによって差があるので約 96×120 mm としました。
拡大率は、原版全体をプリントの外形にそのまま収める前提(切り抜きなし)で計算しています。全倍では、35mm 約 25 倍、6×9 約 10.7 倍、6×12 約 8.0 倍、4×5 約 6.2 倍。プリントの上で同じ細かさを保つのに原版に要る細かさは拡大率に比例するので、35mm : 6×9 : 6×12 : 4×5 = 約 4.0 : 1.7 : 1.3 : 1 になります。プリントの縦横比が 3:2 に近い半切〜大全紙では、6×12 と 4×5 の差は 1 割ほどしかなく、6×12 の利得は横長のプリントで生きます。
プリント上の「同じ細かさ」をいくつに置くかは、鑑賞距離で変わります。近くで見るなら厳しく、離れて見るなら緩くなります。この記事では、その基準を一つの数字に固定していません。レンズ側の当時の測定値もないので、「足りていた」「足りていなかった」の判定はしていません。
ニコンの望遠系と、富士のレンズ——資料の側
ニコンの 2000 年代初めのカタログには、ED ガラスを使った望遠系のレンズが、360mm f/8、500mm f/11、720mm f/16 で後群を交換して使えること、蛇腹を長く伸ばさなくてよい望遠型であることが書かれています。私の記憶と一致します。富士のレンズについては、ホースマンのレンズ適合表に、250mm f/6.3、300mm f/8.5、450mm f/12.5 といったモデルとイメージサークルの値がありますが、これはカメラメーカーの適合表であって富士の設計資料ではなく、私が使っていた個体がどのモデルだったかも、確定できていません。
絞りの形とゴースト
逆光では、太陽が画面に入るとハレ切りができないので、ゴーストが出ます。私の記憶では、小さいシャッター(コパル 0 番)の絞りは 5 枚羽根で、ゴーストが大きな五角形になり、即ボツにしていました。1 番は 7 枚で、まだ我慢できました。f/64 や f/90 まで絞ると、五角形のゴーストそのものが物理的に小さくなり、実用上はそれが一番効きました。羽根の枚数は、今回は二次的な資料で確認できた範囲で、製造時期による違いがあるかもしれません。レンズの内側で起きるフレアと、蛇腹やカメラの側で起きる迷光は別の話で、後者は次の記事に回します。
分かっていないこと
この記事で、分からないこととして扱ったものをまとめておきます。1990 年代のプリントサイズの名称と寸法の当時の資料。4×5 ホルダーの画面の正確な寸法。私が読んだローデンシュトックの日本語カタログの正確な文言と発行年。私が使っていた富士のレンズと、ニコンの 65mm の正確なモデル。当時の大判レンズのモデルごとの測定値。レンズによって色が違って見えた原因。「大判レンズは解像力より階調」という語りが、いつ、どこから来たのか。
この記事の範囲
この記事の資料は、メーカーのカタログの言葉であって、測定値ではありません。私の経験は、日本の、山岳写真の、一つの同人の、一人の経験です。資料が示す設計の目標を私の経験で言い換えることはできませんし、私の見え方を資料で否定することもできません。どちらも、それぞれの層の話として、そのまま置いてあります。