――使った方が良いとは思う。でも、とりあえず今持ってるレンズで何が不満なの?
レンズが「足りない」と、私が感じたとき
前の記事の最後に、センサーがもっと細かくなったとき、レンズはそれに「足りている」必要があるのか、と書きました。この記事は、その話です。
先に、読者が想像しやすい筋書きを書いておきます。カメラの画素数が上がる。それまで見えなかったレンズの粗が見えるようになる。だから高性能なレンズが必要になった。——たぶん、そういう話を期待されていると思います。
正直に書くと、私の記憶は、その筋書きどおりには進んでいません。
デジタルの初め、D1 や D1X のころ、レンズがデジタルに向いていないのではないか、という心配は確かに強くありました。ただ、それは主に、レンズとセンサーの相性の問題でした。光の入り方、逆光の縞、「対応」レンズ。その話は前の記事に書いたので、ここでは繰り返しません。少なくとも私の記憶では、それは「レンズの解像度が画素数に足りない」という形の心配ではなかった。そして、デジタル向けの設計が当たり前になるにつれて、私はこの問題を、だんだん考えなくなりました。
そのあと、ボディは細かくなっていきました。D2X、D3、K-1、そして仕事で一度使った S1R。この間、「画素数が上がったせいでレンズの粗が見えるようになった」と強く感じた記憶が、普通の昼間の撮影については、私にはありません。
細かくなっただけだった
S1R は約 4,700 万画素のカメラです。仕事で使ったとき、レンズについて何か注意された記憶はありませんし、撮っていて「このレンズでは性能が足りない」と感じたこともありませんでした。覚えているのは、もっと素朴な反応です。「ああ、細かいところまで描写されるのね。」それだけでした。
K-1 のときも同じです。約 3,600 万画素のあのカメラで、PENTAX の側から「このレンズは K-1 には厳しい」といった言い方を聞いた記憶はありません。普通のプリントのサイズで、レンズの解像不足が実際の問題になったこともありません。もっと大きく伸ばせば出てくるのかもしれませんが、それは確かめていません。
一台のカメラの、一人の記憶です。これを「レンズの限界は存在しない」という話にするつもりはありません。言えるのは、画素数が上がったある日、それまで使えていたレンズが突然使えなくなる——そういう出来事を、私は経験していない、ということだけです。
ここで一度、答えを出します
私の側から言えることは、こうです。「高画素機には高解像レンズが必要なのか」と聞かれたら、今の私はこう答えます。使った方が良いとは思う。でも、とりあえず今持ってるレンズで何が不満なの?
これは、高性能なレンズは要らない、という意味ではありません。問いの出発点を変えているだけです。「このレンズは何万画素まで大丈夫なのか」ではなく、「自分の写真で、実際に何が問題として見えているのか」から始める。不満が見えていないなら、画素数の数字だけからレンズを替える理由は出てきません。不満が見えているなら、その不満が何で、どこで見えているのかが、次のレンズを決めます。
資料の側から言えることも、先に書きます。レンズとセンサーは、「小さい方が勝つ」二つの数字ではありません。レンズは、細かさの段階ごとに、どれだけのコントラストを像に残すかを決めます。センサーは、レンズが作った像を、どれだけ細かく刻んで記録するかを決めます。写真はその両方を受けて決まる。この記事では、それを「掛け算」と呼ぶことにします。ただし、画素数の掛け算ではありません。コントラストの残り方が段階ごとに掛け合わさる、という意味です。
だから、「このレンズは 3,000 万画素、センサーは 5,000 万画素、よって写真は 3,000 万画素」という計算は、物理の話としては成り立ちません。そして、それを別の画素数の式に置き換えることも、この記事ではしません。
「このレンズは何万画素まで」という言い方
とはいえ、「このレンズは何万画素まで」という言い方は、実際にあります。私の理解では、それは出所の違う三つの言い方が混ざったものです。
一つは、メーカーの推奨です。たとえばニコンは、3,600 万画素の D800 が出たとき(2012 年)、技術ガイドの中で「よりシャープな結果を得るために使えるレンズ」を十数本挙げています。書いてあるのは「使える」であって「必要」ではなく、「結果はレンズによる」という但し書きと、絞りの助言が添えられています。それ以外のレンズが使えない、とはどこにも書いていません。
もう一つは、測定サイトの指標です。よく知られたものに、レンズの鮮鋭さを「何万画素相当」の一つの数で表す指標があります。これは、決められた方法でコントラストの伝わり方を測り、人の目の感度と画面の位置で重み付けし、絞りは一番良いところを採り、焦点距離で平均した数です。同じカメラの上でレンズを比べるのには役に立ちます。ただ、この数は「レンズとカメラの組合せ」に対して測られたものだと、測定サイト自身が説明しています。同じレンズでも、載せるカメラが違えば値は変わる。レンズの中に仕舞われている「何万画素」という性質ではありません。
三つ目は、ネット上の言い回しです。「高画素対応レンズ」「このレンズは 5,000 万画素を解像する」といった言い方は、上の二つがほどけて、レンズ単体の固有値のように流通したものだと思います。画素の数は、規格の上では「番地の数」であって、解像度そのものではありません。
数字が無意味なのではありません。どの条件で、何との組合せで測られた数かを言わないと、「足りている」「足りていない」は判定できない。それだけです。
掛け算で、像は決まる
では、レンズとセンサーは、どう効き合うのか。
レンズは、粗い模様は高いコントラストで、細かい模様になるほど低いコントラストで像に伝えます。センサーは、その像を一定の細かさで刻みます。粗いセンサーは、レンズが伝えた細かい模様を刻みきれずに落とします。細かいセンサーは、それを拾います。写真に残るのは、レンズが残したコントラストと、センサーが拾える細かさとの、段階ごとの掛け合わせです。
図1:レンズかセンサーか、ではなく、レンズ × センサー。上は、景色がレンズを通り、センサーで刻まれ、処理と出力を経て、見られる写真になるまでの流れ。中は、細かさの段階ごとにコントラストがどう残るかの概念図——レンズの曲線と、粗いセンサー・細かいセンサーの曲線と、それぞれの掛け合わせ。細かいセンサーの掛け合わせは、どの段階でも粗いセンサーを下回らず、しかし細かい側では差が縮む。レンズとセンサーの間に、一本の境界線はない。下は、「レンズとセンサー、画素数の小さい方が写真の画素数」という考え方を取消線で退け、「写真に残るコントラスト = レンズ × センサー × …」を置く。曲線は測定値ではなく、数値は書いていない。優劣の図ではなく、像がどう決まるかを示す。本サイトの整理。
ここで大事なのは、レンズのコントラストは、ある細かさで突然ゼロになるのではない、ということです。細かくなるにつれて下がっていく。下がっても、まだ残っている。残っているなら、センサーが細かく刻めば、その分だけ記録に差が出ます。「このレンズではそんなに画素数があっても解像しない」と言われるレンズでも、コントラストを少しでも残している段階では、細かいセンサーはその少しを拾います。
資料の側で、これを最も分かりやすく整理しているのは、ツァイスが 2009 年に出した技術解説です。そこでは、レンズの限界がセンサーの限界より低い場合でも、画素数を 2 倍にすると像の伝わり方は改善する、と計算で示されています。実写でも、両方のカメラが回折で同じ程度に制限される f/22 でさえ、細かいセンサーの方が上回る結果が載っています。あわせて、「弱い方の限界が全体を決める」という考え方は、光学系が非常に悪い場合を除いて成り立たない、という趣旨が書かれています。
ただし、二つ付け加えます。一つは、利益は逓減する、ということです。細かくなるほど、レンズが残すコントラストは小さくなり、拾える差も小さくなります。画素数を増やし続ければ細部が無限に増える、という話ではありません。もう一つは、この差が写真で意味を持つかどうかは、出力と見方で決まる、ということです。これは後の節で書きます。
差が見えたのは、画素数ではなく、星だった
普通の昼間の撮影では、きちんとしたレンズ同士の差を、私は実用上ほとんど感じていません。これは、私が日常使っているのがおよそ 2,400 万画素級のカメラだ、ということの裏返しかもしれません。好きなレンズはあります。SIGMA の 85mm F1.4 や、LUMIX の 50mm F1.4。ただ、それがなければ写真が撮れなかったとは言いませんし、普通の見方で並べられたら、自分でも確実に見分けられないかもしれない、と思っています。
レンズの選択が急に重くなったのは、画素数が上がったときではなく、星を撮るようになってからでした。
SIGMA の 14-24mm F2.8 は、星の撮影にとても良いレンズで、その用途での評判も知っていました。その後、同じ SIGMA の 14mm F1.4 を買いました。買う前の動機は、単純です。「2段ISO感度が下げれるよね。」それだけでした。使ってみると、別次元でした。特に違ったのは、コマ収差の出方でした。
資料の側から、少しだけ言葉を足します。星空は、小さな点光源が画面全体に散らばる被写体で、メーカー自身が広角レンズにとって非常に要求の厳しい被写体だと説明しています。点光源は、レンズが一つの点をどう写すか——点像の形——をそのまま見せます。普通の景色では無数の点像が重なって平均されるので、その形は見えません。コマ収差のように点像が尾を引く崩れは、レンズの数値評価に使うコントラストの曲線を下げはしますが、尾の形や向きまでは、その曲線には現れません。だから、昼間の風景で「同じ」に見えた二本が、星では別物に見えることがあります。
ここで言いたいのは一つだけです。この大きな差は、画素数を変えたから見えたのではありません。撮る対象が変わったから見えた。レンズの差を最も強く見せたのは、センサーではなく、被写体でした。二本のレンズのどちらが優れているか、という話は、この記事ではしません。
100% で見えたものと、写真に残るもの
F22 まで絞った画像は甘い気がする、と私は以前から感じていました。ただしそれは、モニターで 100% 表示にして見たときの話です。プリントで確かめたのではありません。
回折そのものは物理の現象で、実在します。ただし、「F8が一番よく写る」は、本当なのか?や「レンズは2〜3段絞ると一番よく写る」は、本当なのか?に書いたとおり、回折に「始まる F 値」はありません。高画素機で回折が増えるわけではありません。同じ回折の像を、より細かく刻んで記録するだけです。100% 表示では、画素が細かいほど同じ像が大きく拡大されて見えるので、甘さは見つけやすくなります。それは、絞りに普遍的な上限ができたことでも、完成した写真が失敗したことでもありません。
高画素になると回折が目立ちやすい、という話は私も念頭にあって、絞りすぎない方がよいのかもしれない、とは思っています。ただ実際の絞りは、被写界深度とのせめぎあいで決めるしかないんだろうね、というのが正直なところです。
もう一つ、逆向きの経験があります。キットレンズで撮った画像をタブレットで見せたとき、メーカーの担当の方から「え?このレンズ、こんなに良く写るんですか!」という趣旨の反応を、何度か受けたことがあります。どのメーカーの、どのレンズだったかは、ここでは書きません。これはキットレンズが高級レンズと同じだ、という話ではありません。最終的に見られる写真は、レンズの格から想像されるより良いことがある、という話です。
「違いが見える」と、「完成した写真で、その違いが問題になる」は、別の問いです。100% 表示は検査の条件であって、写真が見られる条件ではない。そのことは「あなたの許容錯乱円はいくつ?」に書きました。普通のプリントで解像不足を経験していないこと、F22 の甘さを 100% でしか見ていないこと、キットレンズの画像に驚かれたこと——これらは、同じ一つのことにつながっています。差が測れることと、差が意味を持つことは、同じではない。
三つの言い方は、どれも足りない
ここまでを並べると、よく聞く三つの言い方が、どれも足りないことが分かります。
「高画素機には高解像レンズが必要」。何を、どの出力で、どこまで見るのかを決めないと、必要かどうかは判定できません。「現代のレンズならどれも同じ」。星が反例です。良いレンズの利点は実在します。「このレンズは何万画素まで」。それはレンズとカメラの組合せを測った数であって、レンズの固有値ではありません。
私自身、古いフィルム時代のレンズを、今のカメラで足りるかどうか試すためだけに持ち出すことはしていません。同じくらいの焦点距離の現代のレンズが手元にあるからで、古いレンズが今のカメラで足りるとも足りないとも、私の経験からは言えません。前の記事の 85mm F1.4D は、「古いレンズはデジタルでは駄目」という言い方への一つの反例であって、古いレンズ全体の話ではありません。
「足りている」は、レンズだけでは決まらない
ここで、この出来事を、この連載の見方で置き直します。
レンズが足りているかどうかは、レンズだけで決まらない。何を、どこで見るかで決まる。——これは、この連載の側の言い方です。
前の記事で、デジタルになってレンズの後ろにあるものが変わった、と書きました。この記事はその続きです。レンズの後ろにあるセンサーが細かくなっても、レンズとの間に一本の境界線が引かれるわけではない。掛け算の相手が変わるだけです。そして掛け算の結果が意味を持つかどうかは、さらにその後ろ——出力と、見る条件——で決まる。
私の運用は、こうです。絞りは、被写界深度との釣り合いで決めています。シャープネスは、ほとんどかけていないと思います。適切なシャープネスは最終出力と切り離せないので、プリントやラボに出すときは、出力の側でかけてもらった方が良いことがあるからです。シャープネスがレンズの足りない分を作ってくれる、という意味ではありません。
「必要なのか」への、私の答え
高画素機には、高解像レンズが必要なのか。
良いレンズを使う意味はあります。高画素になれば、今まで見えにくかった差が見えることもあります。しかし、そこから「このレンズは何万画素まで」という一本の境界線は出てきません。境界線が引けるのは、何を、どの出力で、どこまで見るかを決めたときだけです。
当時、周りで「高画素にはレンズが追いつかない」という議論がどれほどあったか、私はあまり覚えていません。単に、興味がなかったのかもしれません。当時と今で自分の考えが変わったのかどうかも、はっきりとは言えません。
言えるのは、今の答えだけです。使った方が良いとは思う。でも、とりあえず今持ってるレンズで何が不満なの?
レンズだけを答えにしなくなったとき、次の問いは、今の高画素のシステムで、レンズ以外に何が像を決めているのか、になります。三脚か、感度か、絞りか、シャッターか。それは次の記事で書きます。
ここから先は、もう少し詳しく知りたい人へ
この記事で必要な結論は、ここまでで完結しています。ここから先は、本文で短く済ませたところの根拠と、分かっていないことを、もう少し細かく見たい人への補足です。新しい主張はありません。
レンズの伝え方と、センサーの刻み方
レンズの性能は、模様の細かさ(空間周波数)ごとに、元のコントラストがどれだけ像に残るかの曲線(MTF)で表されます。細かくなるほど下がり、ある細かさで事実上ゼロになります。センサーは画素の間隔で像を刻み、間隔の 2 倍より細かい模様は正しく記録できません(ナイキスト周波数)。ただしこれは記録の境界であって、そこまで解像できるという保証ではありません。画像の解像度を測る国際規格(ISO 12233)も、画素の数(番地の数)と解像度を区別し、解像度を細かさごとの応答として扱います。カラーフィルター配列、ローパスフィルターの有無、現像処理は機種ごとに違い、同じ画素数でも同じ結果にはなりません。
掛け算——「弱い方が勝つ」が粗すぎる理由
系全体のコントラストの残り方は、局所的にはレンズ・センサー前の板・画素の開口・ブレやピント・処理の各段の掛け算で近似できます。ツァイスの解説では、ある細かさでレンズが 65%、センサーが 30% なら系は 20%、という例で示されています。掛け算なので、レンズの限界がセンサーより低くても、センサー側の曲線が上がれば積は上がる。「弱い方の限界だけが全体を決める」が近似的に成り立つのは、光学系が非常に悪いときだけです。処理(現像・シャープネス)は非線形で、単純な掛け算では表せない部分があります。
細かい刻みが情報を残す理由
同じ解説では、80 本/mm と 160 本/mm の二本のレンズ(悪い方と良い方)を、ナイキスト周波数 84 本/mm の 2,400 万画素センサーと 59 本/mm の 1,200 万画素センサーに組み合わせた四通りの計算が示され、画素数を 2 倍にすると、センサーの解像がレンズを上回っていても伝達は改善する、悪いレンズと 2,400 万画素の組合せは良いレンズと 1,200 万画素の組合せとほぼ同等になる、差は 12 と 24 という数字が示唆するほど大きくはない、とまとめられています。実写では、f/22 で両カメラの光学解像が回折で約 75 本/mm に制限され(2,400 万画素のナイキストより低い)、それでも細かい方が上回る結果が載っています。これは一つの解説の、一組の機材での例です。細かい画素は、同じ像をより高い周波数まで刻み、画素の開口が狭い分だけ同じ周波数での応答が高く、折り返し(エイリアス)が減る。一方、ローパスフィルターは折り返しを減らす代わりに高域のコントラストを落とし、シャープネスは応答の見た目を変えるが失われた情報を回復しない。
「レンズの画素数」指標の作り方
本文で触れた測定サイトの指標(DXOMARK の P-Mpix)は、2012 年に導入されたもので、公開されている説明では、ISO 12233 の方法でコントラストの応答を測り、人の視覚の感度で重み付けし、画面の隅は中心より軽く重み付けし、各焦点距離で絞り範囲の最大値を採り、焦点距離で平均して、「レンズとカメラの組合せ」の鮮鋭さを画素数相当で表します。「1 P-MPix 未満の差は通常気づかれない」とも書かれています。算出の完全な式は公開されていません。この指標で比べられるのは、同じカメラの上でのレンズ同士の知覚上の鮮鋭さの順序であり、他のカメラへの移植、絞りや画面位置ごとの挙動、点光源での挙動は含みません。
点光源と、普通の景色
ツァイスの解説(2008 年)は、孤立した点像をそのまま目にするのは、暗い夜に星を撮るときだけだ、と書いています。普通の被写体は無限個の点からなり、像は無数の点像の重ね合わせなので、レンズの評価には点像ではなく縞模様のコントラスト(MTF)が使われる。同じ解説は、コマ収差が点像を放射方向に尾を引く形に歪めること、その向き依存の非対称は MTF の値には含まれないことも述べています。SIGMA は 14mm F1.4 の発表(2023 年)で、星空を「多数の微小な点光源が画面全体に広がる、広角レンズにとって非常に要求の厳しい被写体」と呼び、星の形を歪めるサジタルコマフレアを補正したと説明しています。これらはメーカーの設計上の主張であり、本文で書いた二本のレンズの差を測定で確かめたものではありません。
回折と 100% 表示
回折に「始まる F 値」はなく、絞るにつれて連続的に効きます。同じレンズ・同じ絞り・同じセンサーサイズなら、センサー面の光学像は画素数に依存しません。細かい画素は同じ像をより細かく刻むだけで、同じ周波数での系の応答は粗い画素を下回らず、同じ大きさのプリントを同じ距離で見るなら高画素機が劣ることはありません。100% 表示では、画素が細かいほど同じ像が大きく見えるので、甘さは目立ちやすくなります。ニコンの D800 技術ガイド(2012 年)は、回折の影響は画素の大きさにも左右され、D800 の高解像では一般に f/11 あたりから目立つ、と書いていますが、これは特定の機種での見え方と実務上の助言であって、回折が始まる絞りではありません。同じガイドは、深度が必要なときにすぐ絞り切らず、鮮鋭さと深度の釣り合いを探すよう勧めています。
出典
レンズとセンサーの掛け算、12 / 24 メガピクセルの比較、点像と縞模様の関係、コマ収差と MTF の関係は、ツァイスのカメラレンズ部門が 2008 年 12 月と 2009 年 3 月に公開した技術解説「How to Read MTF Curves」によります。D800 の推奨レンズと f/11 の記述は、ニコンの D800 / D800E テクニカルガイド(2012 年)によります。測定サイトの指標の定義は DXOMARK の公開テストプロトコルと、2012 年 12 月の導入時の報道によります。星空と点光源、サジタルコマフレアの記述は、SIGMA の 14mm F1.4 DG DN Art の発表資料(2023 年 6 月)と 14-24mm F2.8 DG DN Art の製品情報によります。画素数と解像度の区別は ISO 12233:2024 によります。K-1(約 3,640 万画素)と S1R(約 4,730 万画素)の画素数は各メーカーの製品情報によります。回折と画素の関係の整理、レンズとセンサーの応答の整理は、本サイトの調査記録によります。私のレンズ、カメラ、星の撮影、100% 表示、担当者の反応は、私の記憶です。
分かっていないこと
この記事で、分からないこととして扱ったものをまとめておきます。画素数の問題を「考えなくなった」時期。星を撮り始めた時期と、そのときのカメラ。キットレンズの画像に驚いた担当者が、どのメーカーの、どの場面の、どのレンズだったか。SIGMA の 14-24mm F2.8 と 14mm F1.4 の測定上の差、「2 段」の実際の利益。F22 の甘さがプリントで問題になるかどうか。「高画素にはレンズが追いつかない」という言い方が、いつどこで始まったか。測定サイトの指標の完全な算出式。そして、当時と今で私の考えが変わったのかどうか——これは資料の問題ではなく、私の記憶の限界です。
この記事の範囲
この記事の資料は、メーカーの技術解説と製品情報、測定サイトの公開プロトコル、規格の定義であって、個別のレンズの測定値ではありません。私の経験は、山岳写真と星の写真を撮る一人の写真家が、自分のカメラとレンズで見たことです。それは、レンズを同じ条件で比べた実験ではありません。S1R の反応も、キットレンズの反応も、星での経験も、別の日の、別の条件の、別の出来事です。「使った方が良いとは思う。でも、とりあえず今持ってるレンズで何が不満なの?」は、今の私の答えであって、物理の法則ではありません。「レンズが足りているかどうかは、レンズだけで決まらない」は、この連載の整理の仕方であり、当時そういう言葉があったわけではありません。