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Sidekick Lab
by Ichiro Murata

デジタルになって、レンズに求められるものは変わったのか?

デジタルに移っても、レンズはレンズのままだと思っていた。広角がなく、逆光で縞が出て、「デジタル対応」を待ち、古い85mmは驚くほどよく、4×5のレンズは使えなかった。変わったのはレンズの後ろにあるものだった。資料と私の経験から書きます。

村田一朗|写真家・SideKick開発者

――私は、レンズはレンズのままだと思っていた。変わったのは、レンズの後ろだった。

レンズはレンズのままだと思っていた

前の記事の最後に、レンズはそのままなのに、レンズに求められるものは変わった、と書きました。この記事は、その話です。D1 を買った経緯は繰り返しません。書くのは、デジタルになってから、レンズで何が起きたかです。

D1 を買ったとき、レンズを 1 本買い足しました。たぶん 24-120 だったと思います。ずんぐりむっくりしたズームで、中間リングを入れたりして、かなり楽しんで撮っていました。マウントは同じ F マウントで、手持ちの 35mm 用のニッコールがそのまま付く。レンズはレンズのままだ、と思っていました。

先に困ったのは、レンズよりボディの側でした。太陽を画面に入れると、スミアというのでしょうか、像が使い物にならなくなりました。ニコンからは、センサーが焼けるので太陽を入れて撮らないでください、というようなことを、真剣な話として言われた記憶があります。

資料の側から言えば、これは冗談ではありませんでした。D1 の取扱説明書(私が確認できたのは英語版です)には、太陽や強い光源にピントを合わせて撮らないこと、過度の光は CCD を劣化させ、写真に白いにじみが出ることがある、と書かれています。D1 と D1X は CCD で、CCD には読み出しの構造上、強い光源の上下に明るい筋が伸びる「スミア」という現象があります。私の記憶では、スミアは CMOS になったころ——たぶん D2X のころ——に消えました。これは資料とも合います。D2X はニコンのプロ用機で最初の CMOS 機で、CMOS にはスミアの元になる転送の仕組みがありません。

広角が、なかった

次に困ったのは、広角です。D1 のセンサーは 35mm フィルムより小さく、同じレンズを付けても写る範囲が狭くなります。ニコンの言い方では、画角はレンズ表記の 1.5 倍相当。17-35mm のズームを付けても、35mm 判の 25.5-52.5mm 相当にしかなりません。山では広角が要ります。非常に困りました。

17-35 で撮っていたと思います。それを D1 のために買ったのか、もともと持っていたのかは、覚えていません。資料の側から補うと、AF-S 17-35mm F2.8D は D1 と同じ日に発表され、D1 と同じ 1999 年 9 月末に発売されたレンズです。つまり、ニコンが D1 の広角として同時に出したレンズです。

その後、DX の——ニコンがデジタルのセンサーサイズに合わせて設計した——一番ワイドから使えるズームが出て、発売後すぐに買いました。「デジタル対応」のレンズを、私はかなり長く待った記憶があります。製品が無かったのか、揃っていなかっただけなのか、当時は分かりませんでした。今なら分かります。ニコンの最初の DX レンズ、12-24mm F4 が出たのは 2003 年。D1 から 4 年です。ニコン自身の記録に、広角撮影を待望していた D1 や D100 のユーザーに好評だった、とあります。私はその一人でした。

逆光で、縞のようなノイズが出た

広角がない、というだけなら、待てばよかった。困ったのは、標準から広角側のレンズで、見たことのない出方をするノイズでした。

虹色の何かノイズ、と私は呼んでいました。今から思い出せる見え方を言葉にすると、帯や縞のようだったのが一番強い記憶です。画面の隅や縁にも出ましたし、細かい模様——モアレのように見えるもの——のときもあり、明るいところの周りに出ることもありました。逆光で出やすかったと思います。ゴーストにも困りました。

当時の私の理解はこうでした。光がセンサーに垂直に入らないから、広角や超広角でこういうノイズが出る。フィルムでは問題にならなかったことだ。だから、標準から広角側のレンズは、基本的に「対応」レンズに替えるしかない。実際、望むと望まざるとにかかわらず、古いレンズの一部はデジタル時代のレンズに置き換えざるを得ませんでした。

ゴーストについては、後になって一つ、はっきりした経験があります。私は山でレンズの前玉をぶつけたり傷めたりする危険があるので、当初は保護フィルターを付けていました。あるとき、DX の超広角ズームを修理に出し、NPS(ニコンのプロ向けサービス)から代替のレンズを借りました。借りたレンズで撮ると、ゴーストがほとんど出ない。返すときに、では自分のレンズは不良ではないか、と聞きました。返ってきたのは、フィルターを付けているからですよ、外して試してみてください、それでも駄目ならまた相談に乗ります、というような答えでした。外して試すと、ゴーストは消えました。それ以来、私は保護フィルターを一切使っていません。

ここから「保護フィルターは悪い」という話にはなりません。私が学んだのは、もっと手前のことです。レンズの前後にある、ごく小さな要素——フィルター一枚、センサーの前の板一枚——が、強い光のまわりで見えるものを変える。フィルムのころ、私はそれを気にしたことがありませんでした。

ここで一度、答えを出します

私の側から言えることは、こうです。デジタルになって変わったのは、私がレンズの後ろに何があるかを気にしなければならなくなったことです。フィルムのころ、私はレンズを、レンズだけで見ていました。

資料の側から言えることは、こうです。フィルム時代にレンズに求められていたもの——解像力、収差の補正、フレアの少なさ、コーティング、色——は、デジタルになって消えてはいません。新しく加わったのは、レンズの後ろにあるセンサーの構造との相性です。光がどの角度で入るか、周辺でどれだけ暗くなるか、センサーの面で反射した光がどこへ戻るか、像がどれだけ細かい点に分けて記録されるか。それらは、フィルムのときには表に出てこなかった条件でした。そのうち歪曲や周辺光量のように、後で計算で直せるようになったものもあります。ボケや、フレアで潰れた部分や、飛んでしまった情報は、戻りません。

そして、私のあの縞が何だったかは、今も分かりません。この記事は、それを分からないまま書きます。

「デジタル対応」とは、何が対応だったのか

私が置き換えた「対応」レンズは、ニコンの DX レンズでした。ニコン自身の説明では、DX レンズは DX フォーマット——約 24×16mm のセンサー——に合わせてイメージサークルを小さく設計したレンズです。最初の DX レンズ 12-24mm については、開発者の回顧に、ズーム全域にわたる周辺光量の豊富さが最大の魅力で、デジタルに対応した優れた光学性能を目指した、とあります。イメージサークルと、周辺の光量。ニコンが DX で明示した「対応」は、まずその二つでした。

他社では中身が違います。フォーサーズの規格は、センサーに光をなるべく垂直に近く入れることと、センサーの反射によるゴーストを抑えることを掲げました。タムロンの Di は「デジタル一眼レフカメラの特性に配慮した光学設計」という一般的な表現で、シグマの DC / DG はセンサーサイズの区分です。「デジタル対応」という言葉は、少なくとも四つの層を含みます。センサーサイズに合わせたイメージサークル。周辺光量や入射角への設計上の配慮。コーティングや反射対策の主張。そして、売り文句。同じ言葉が、同じ意味だったわけではありません。

ここで一つ、はっきりさせておきます。「垂直に近い入射」はテレセントリックと呼ばれる考え方に近いのですが、テレセントリックならよいレンズだ、という話ではありません。光線をセンサーに垂直に近づける設計は、大きさや歪曲や明るさやイメージサークルと引き換えになります。センサーとの相性は良くなりうるが、それでレンズの良し悪しが決まるわけではない。

古い 85mm F1.4D が、いちばんよかった

一方で、古いレンズがすべて駄目だったわけではありません。むしろ逆の経験があります。

1995 年に出た AF 85mm F1.4D です。「これ、デジタルで使うと滅茶苦茶実はいい。線が細くって、繊細な描写をする。」私はそう感じました。古い光学設計が、たまたまデジタルに合ったのだろう、と当時は解釈していました。

資料の側から、その「たまたま」に少しだけ言葉を足せます。85mm のような中望遠は、光が出てくる位置(射出瞳)がセンサーから遠く、画面の隅でも光はかなり垂直に近く入ります。しかも D1 のセンサーは 35mm 判の中央部分しか使いません。センサーの前の板やマイクロレンズとの相性が、最も問題になりにくい条件が揃っていた、と言えます。これは私のあの一本がなぜよかったかの証明ではなく、条件の説明です。

「古いレンズはデジタルでは使えない」という言い方は、ですから成り立ちません。ただし私は、フィルム時代のニッコールを、デジタルでは基本的に遊びでしか使いませんでした。プロの仕事には使いたくなかった。それは写りの技術的な話というより、信頼の話です。

4×5 のレンズを D1 で使ったら、ソフトだった

もう一つ、逆の経験があります。

4×5 のカメラボディのフィルムバックの位置に、自作の F マウントのアダプターで D1——か D1X——を付け、大判のレンズで撮ってみたことがあります。要するに、フィルムバックの代わりにデジタルバックにしたのです。レンズはたぶん 150mm か 240mm。フランジバックで不利になるので、長めのレンズを使ったはずです。結果は、やたらとソフトな描写になって、結局使えませんでした。

当時の私は、そういう設計なんだろう、と思いました。大判のレンズは 4×5、場合によってはもっと大きな判のために設計されている。その像の、APS-C ほどの部分だけを切り取っても、大判で期待するような写りにはならないのだろう、と。

資料の側から言えば、理由は特定できません。ただ、レンズの善し悪しとは別の理由が、少なくとも二つ見えます。一つは拡大率です。大判レンズは 4×5 の原版を 4〜5 倍に伸ばす前提で設計され、評価されています。D1 のセンサーは横 23.7mm。同じ大きさに伸ばすなら、4×5 より 5 倍近く余計に拡大することになります。「4×5 は何万画素?」の記事に書いたのと同じで、同じ像でも小さく切り取るほど、大きく拡大して見ることになる。もう一つは回折です。大判でいつも使っていた f/22 や f/32 では、回折だけで光の点が D1 の画素より二回りも三回りも大きくなります。ピントの合わせ方、自作アダプターの傾き、蛇腹の内側で暴れる光も、候補として残ります。言えるのは、この結果が「デジタル対応のレンズでないから」でも「光が垂直に入らないから」でもなさそうだ、ということだけです。150mm や 240mm なら、小さなセンサーの隅でも光はほぼ垂直に入っています。

三つの単純化は、どれも足りない

ここまでを並べると、よく聞く三つの言い方が、どれも足りないことが分かります。

「古いレンズはデジタルでは使えない」。85mm F1.4D が反例です。「デジタル対応のレンズなら大丈夫」。対応の中身がメーカーごとに違う以上、この言葉だけでは何も言えていません。「テレセントリックなら高画質」。150mm の大判レンズはほとんど垂直に光を入れていましたが、それでもソフトでした。

私自身、デジタル対応でないレンズはソフトフォーカスレンズのようになってしまう、と言ったことがあります。4×5 の経験から出た言葉ですが、私の 85mm がその範囲を狭めます。レンズごとに、条件ごとに、違ったのです。

レンズの後ろにあるものが、変わった

ここで、この出来事を、この連載の見方で置き直します。

変わったのは、レンズだけではなかった。レンズの後ろにあるものが変わった。——これは、この連載の側の言い方です。

フィルムのとき、レンズの後ろにあったのは、乳剤の層を重ねたフィルムでした。それはレンズを選ぶときに前に出てくる条件ではありませんでした。大判レンズが何を目指して設計されていたかを書いたときも、後ろにあるものは出てきていません。デジタルでは、レンズの後ろにカバーガラスと赤外線カットとローパスフィルターの板があり、その下にマイクロレンズとカラーフィルターと画素があり、その後ろに処理がある。光がどの角度で入るか、板でどれだけ屈折するか、センサーの面で反射した光が後玉で跳ね返ってどこに戻るか。こうしたことが、レンズの評価に入ってきました。

概念図。左右に二つの縦の断面。左「フィルム時代」は、レンズ →(空気)→ 表面側の層 → 感光層(層の数や厚みは銘柄ごとに違う)→ 補助層 → 支持体(ベース)。右「デジタル時代」は、レンズ → カバーガラス・赤外線カット・ローパスフィルターの板 → マイクロレンズ → カラーフィルター → 画素(受光部)→ 処理(現像・補正)。両方とも同じ太さの線と同じ形の箱で描き、矢印も光線も数値もない。注記:模式図で、厚みや順序の比率は実際のものではない。優劣を示す図ではなく、レンズの像を受け取る側の構造が変わったことだけを示す。本サイトの整理。

図1:レンズの後ろにあるもの。左はフィルム——表面側の層、感光層(層の数や厚みは銘柄ごとに違う)、補助層、支持体。右はデジタル——カバーガラス・赤外線カット・ローパスフィルターの板、マイクロレンズ、カラーフィルター、画素、そして処理。模式図で、厚みや比率は実際のものではない。優劣を示す図ではなく、レンズの像を受け取る側の構造が変わったことを示す。本サイトの整理。

言い換えると、フィルム時代、レンズの評価はフィルムを特定しなくても通じやすかった。デジタルでは、どのセンサーの前に置くかを言わないと、同じレンズの評価が変わる。——これも、この連載の言い方です。大判のピントやフィルムの平面や迷光の記事に書いたとおり、フィルムでもレンズだけで画質が決まっていたわけではありません。ただ、レンズを語る言葉が、後ろにあるものから独立していられた。デジタルでは、それが難しくなりました。

その代わりに、レンズの欠点の一部は、後で直せるようになりました。歪曲、倍率色収差、周辺光量。レンズとカメラの組み合わせごとにプロファイルを持てば、計算で見た目を整えられます。ただし直せるのは「見た目」で、切り取りや周辺のノイズの増加という代償があり、ボケやフレアや飛んだ情報は戻りません。何が戻り、何が戻らないかは、別の記事で書きます。私の D1 のころの作業に、そうした補正はありませんでした。ニコンの現像ソフトに色収差の補正が入ったのは 2005 年です。

「変わったのか」への、私の答え

デジタルになって、レンズに求められるものは変わったのか。

正直に書きます。当時、苦労し、いろいろ考えたことは覚えています。しかし、あのとき「良いレンズ」の条件が何から何へ変わったのかを、今、一言で言うことはできません。昔すぎます。

言えるのは、私が実際にしたことだけです。レンズの前後にあるものを気にするようになった。古いニッコールを仕事では使わなくなった。保護フィルターを外した。それが、私の側の答えです。資料の側の答えは、前の節に書いたとおりです。

では、センサーそのものがもっと細かくなったとき、レンズはそれに「足りている」必要があるのか。高画素のカメラには高解像のレンズが要る、という話は本当なのか。それは次の記事で書きます。

ここから先は、もう少し詳しく知りたい人へ

この記事で必要な結論は、ここまでで完結しています。ここから先は、本文で短く済ませたところの根拠と、分かっていないことを、もう少し細かく見たい人への補足です。新しい主張はありません。

D1・D1X・D2X の撮像素子とスミア

D1(1999 年)は 23.7×15.6mm の CCD で 274 万画素、D1X(2001 年)は同じ大きさの CCD で 547 万画素、D2X(2004 年 9 月発表、2005 年 1 月発売)は同じ大きさの CMOS で 1,240 万画素です。その間の D2H(2003 年)は、CMOS の仕組みを元にニコンが自社開発した LBCAST という素子で、本文で「最初の CMOS 機」と書いたのは、ニコンがプロ用機で CMOS を名乗った最初の機種という意味です。スミアは、インターライン型の CCD で、強い光源からの光や電荷が垂直方向の転送レジスターに漏れ込み、読み出し中に転送されるために、光源の上下に明るい柱が伸びる現象です。CMOS は画素ごとに読み出すので転送レジスターがなく、この意味でのスミアは起きません。D1 の仕様には、スミア防止のための一枚羽根のメカニカルシャッターが挙げられています。私が D1 で見た筋がスミアだったかどうかは、当時の写真では確かめていません。

D1 の取扱説明書が書いていたこと

私が参照したのは英語版の取扱説明書です。撮影の注意として、太陽や強い光源にカメラのピントを合わせて撮らないこと、過度の光が CCD の劣化を招くことがあり、写真に白いにじみが出ることがある、とあります。別売アクセサリーの項には、フィルターを付けて撮影すると、逆光や画面内に強い光源があるときにモアレが観察されることがあり、その場合はフィルターを外すことを勧める、とあります。CCD の前にはモアレ防止のローパスフィルターが付いていること、非 AI レンズなどを除いてほぼ全てのニッコールが使えること、画角がレンズ表記の 1.5 倍相当になる換算表も載っています。日本語版の該当箇所は、この記事では確認していません。

入射角とセンサー——DX では 35mm 判より小さい

センサーの前の板やマイクロレンズは、光が斜めに入るほど影響が出ます。ただし D1 のような DX サイズのセンサーは、35mm 判の画面の中央部分だけを使います。画面の隅までの距離は 35mm 判の約 3 分の 2。同じレンズを付けたとき、DX の隅に入る光の角度は、35mm 判の隅に入る角度より小さくなります。「光が垂直に入らない」ことが問題になる度合いは、幾何だけで言えば、後の 35mm 判のデジタル機より D1 の方が軽かったはずです。当時の私の理解とは、少し違います。

「虹色の何かノイズ」に当てはまりうる現象

私の記憶(帯や縞、隅、モアレのよう、明るいところの周り、逆光で出やすい)に当てはまりうる現象を、特定せずに並べます。フィルターを付けたときの逆光でのモアレ(D1 の説明書が注意している現象)。センサーやフィルターの面で反射した光がレンズの後玉で跳ね返って戻るゴースト。カラーフィルター配列と被写体の細かい模様の干渉による色モアレ。周辺で光が斜めに入ることによる、なだらかな色のかぶり。CCD のスミア。読み出しに由来する縞。このうち、逆光で出やすく縞のように見え、「対応」レンズで解消したという記憶に近いのは最初の二つですが、私がフィルターを付けていたことは確かでも、あの縞がそれだったとは言えません。

4×5 のレンズ + D1 のソフトさに考えられる理由

拡大率の不整合(4×5 を 4〜5 倍に伸ばす前提のレンズを、横 23.7mm のセンサーで 5 倍近く余計に拡大して見る)。回折(f/22 で光の点の直径は約 30 マイクロメートル、f/45 で約 60 マイクロメートル。D1 の画素は 11.8 マイクロメートル)。ピント面のずれと自作アダプターの傾きや剛性。蛇腹の内側に当たる光——大判レンズのイメージサークルのうちセンサーに届くのは面積で 2 パーセントほどで、残りは蛇腹の内壁に当たります。ミラーの振動。レンズ自体の性能。この中のどれだったかは分かりません。光の入射角については、150mm なら隅で約 5 度、240mm なら約 3 度で、ほぼ垂直です。テレセントリックかどうかは、この実験の説明にはなりません。

「デジタル対応」の中身

ニコン DX:DX フォーマット(約 24×16mm)に合わせたイメージサークル。12-24mm F4 の設計は 2001 年春に始まり、2003 年に D2H と同時期に発売。周辺光量を最大の魅力として挙げる。フォーサーズ:垂直に近い入射、マウント径をイメージサークルの約 2 倍、センサー反射によるゴーストの抑制を掲げる規格上の主張。タムロン Di:「デジタル一眼レフカメラの特性に配慮した光学設計」。シグマ DC / DG:APS-C 用とフルサイズ用の区分。厳密にテレセントリックであることを測定で示した資料は、この記事の範囲では見つかっていません。

出典

D1・D1X・D2H・D2X の撮像素子と発表・発売時期は、1999 年 6 月・2001 年 2 月・2003 年 7 月・2004 年 9 月の専門誌の発表記事によります。D1 の取扱説明書の記述は英語版のリファレンスマニュアルによります。スミアの機構は産業用カメラメーカーの技術解説によります。D1 の「スミア防止のメカニカルシャッター」は同時代の技術レビューが掲載した仕様表によります。AF-S 17-35mm F2.8D の発表・発売、AI AF 24-120mm F3.5-5.6D の発売(1996 年 10 月)、AI AF 85mm F1.4D の発売(1995 年 12 月)、AF-S DX 12-24mm F4G の開発と発売、周辺光量に関する記述は、ニコンの製品情報と「ニッコール千夜一夜物語」によります。DX フォーマットとイメージサークルの説明はニコンの公式解説によります。フォーサーズの主張は規格の公式資料、タムロン・シグマの用語は各社の製品情報によります。ニコンの現像ソフトの色収差補正は 2005 年 6 月のバージョン 4.3 の更新情報によります。センサーとレンズの相性(入射角、マイクロレンズ、板の屈折、反射、計算補正の限界)の整理は、本サイトの調査記録によります。私のレンズ、現象、実験、NPS でのやりとりは、私の記憶です。

分かっていないこと

この記事で、分からないこととして扱ったものをまとめておきます。私が D1 に足したズームの正確な型番(24-120 だったかは記憶)。17-35 を買ったのか持っていたのか。DX の超広角ズームの型番。「虹色の何かノイズ」が何だったか。私が D1 で見た筋がスミアだったか。4×5 の実験で使ったのが D1 か D1X か、レンズが 150mm か 240mm か、絞り、ピントの合わせ方。そのソフトさの原因。NPS から借りたレンズと私のレンズが光学的に同じだったか。D1 の取扱説明書の日本語版の文言。そして、当時「良いレンズ」の条件がどう変わったか——これは資料の問題ではなく、私の記憶の限界です。

この記事の範囲

この記事の資料は、メーカーの製品情報と取扱説明書、発表当時の専門誌の記事、技術解説の言葉であって、測定値ではありません。私の経験は、山岳写真を撮る一人の写真家が、D1 のころに自分のレンズで見たことです。それは、古いレンズと新しいレンズを同じ条件で比べた実験ではありません。85mm と 4×5 のレンズの二つの経験も、別の日の、別の条件の、別の出来事です。「光が垂直に入らないから」「そういう設計なんだろう」は、当時の私の理解です。資料の側の「レンズの後ろにあるものが変わった」は、この連載の整理の仕方であり、当時そういう言葉があったわけではありません。