――プリンタと紙は、そのボケをどれだけ広げるのか。そして「見えるか」は、なぜ決まらないのか
前の記事「あなたの許容錯乱円はいくつ?」の終わりのほうで、私はこう書きました。
「プリントの側にもぼけがあります。……この話は、それだけで一本の記事になるので、ここでは『プリントは透明ではない』とだけ書いておきます。」
これは、その一本です。
前の記事で調べたのは、35mm判の許容錯乱円0.03 mmが、誰の・どんな条件の数字だったのか、ということでした。0.03 mmは物理定数ではなく、「5倍前後に伸ばし、25 cm前後から全体を眺め、約2分角のぼけを許す」という鑑賞条件を、一つの数字に圧縮したものでした。
そこで、宿題が一つ残りました。
カメラ側で0.03 mmまで考えたとして、そのぼけは、プリントするとどうなるのか。プリンタと紙は、そのぼけをどれだけ変えるのか。そして、それは見えるのか。
先に書いておきます。この記事は、「見える」でも「見えない」でも終わりません。プリンタと紙がぼけをどれだけ広げるかは、条件を置けば桁までは言えます。けれども、それが目に「ぼけ」として見えるかどうかを決めるデータは、プリントの上では測られていません。だからこの記事は、どこまでが数字で言えて、どこからが言えないのかを、順に書きます。
最後は、前の記事と同じで、あなたに返す形になります。
「それだけで一本の記事になる」と書いた理由
前の記事で書いた私の検査条件は、3.5倍のルーペで原版を見る、モニターで100%表示を見る、必要なところだけ100%で見る、という三つでした。判断の条件は三度変わったのに、許容錯乱円の値は0.03のまま変わらなかった、という話です。
そのどれも、原版か、データの話でした。
一方で、私の写真は、プリントになって人の目に届いていました。写真展では全紙、大全紙、最大で1×2 m。プリントになる前と、プリントになった後で、ぼけは同じものなのか。
前の記事の調べもののなかで、公開されている測定例を並べてみると、プリンタと紙が作るぼけの大きさは、A4に伸ばした0.03 mmのぼけと同じ桁になり得ることが分かっていました。無視できる、とは言えない。しかし、どちらが大きいかは、紙や機種やサイズや見る距離で入れ替わる。一段落で片づけられる話ではなかったので、この記事に分けました。
0.03 mmの「後ろ」には、何があるのか
センサー面(フィルム面)の0.03 mmのぼけは、そのままプリントに出るわけではありません。
まず、画像と一緒に拡大されます。これは幾何です。5倍に伸ばせば0.15 mm、20倍に伸ばせば0.6 mm。ここは計算で決まります。
その後ろに、プリント工程があります。
画像データは、プリンタドライバやRIPと呼ばれるソフトの中で、プリンタが受け取れる格子に並べ直されます。色は、インクの組み合わせに変換されます。なだらかな濃淡は、細かなドットの疎密(ハーフトーン)に置き換えられます。ドットは、ヘッドから紙の上に置かれる。インクは紙の表面で少し広がり、紙の中に入った光は、少し離れた場所から出てきます。銀塩のデジタル露光なら、インクの代わりにレーザーやLEDで印画紙を露光し、現像します。
どの方式でも、完成プリントの上のぼけは、「元のぼけを拡大したもの」に「プリント工程が足したもの」が重なったものです。
この記事では、プリンタ、インク(または感光材料)、紙、印刷モード、ドライバやRIPの処理を、ひとまとめに「プリント系」と呼びます。ぼけの伝わり方は、プリンタ単体でも紙単体でも決まらず、組み合わせで決まるからです。
図1:センサー面の0.03 mmのぼけが、完成プリントになるまでに通る段。拡大は幾何で決まり、その後ろのプリント系(並べ直し、ハーフトーン、ドット配置、インクと紙。銀塩のデジタル露光なら露光と現像と印画紙)が足す分は、組み合わせで決まり、測らないと分からない。公称のdpiはドットを置く段の数字で、ppiは画像データの段の数字。段ごとの大きさや、方式の優劣は示していない。
「5760 dpi」と書いてあるなら、余裕ではないのか
プリンタの仕様には、5760×1440 dpi、2400×1200 dpiといった数字が書いてあります。1インチあたり数千のドット。それだけ細かく出せるなら、0.03 mmのぼけなど余裕で再現できるのではないか。私も、そう読むのが自然だと思います。
ただ、その数字が何を表しているのかを、メーカー自身の説明で確かめると、こう書いてあります。
EpsonのSC-PX1Vの仕様では、5760×1440 dpiの注記に「最小1/5,760インチのドット間隔で印刷します」とあります。CanonのPRO-4100の仕様では、2400×1200 dpiは「インク滴の間の最小ドットピッチが1/2400インチ」(英文の訳)だと注記されています。HPのDesignJet Z9+のユーザーガイドには、画像を描画する解像度(300、600、1200 ppi。ppiは画像側の1インチあたりの画素数)と、ドットを置く解像度(1200×1200、2400×1200 dpi)が、別の列に並んだ表があります。
公称のdpiは、「どれだけ細かくドットを置けるか」という、ドットの間隔の数字なのです。
ドットを細かく置けることと、写真の細部が細かく伝わることは、同じ測り方の数字ではありません。一つの画素の濃淡は複数のドットの疎密で作られ、ドットが置かれた後には、インクの広がりと紙の散乱がある。だから、5760 dpiという数字から、写真の細部が1インチあたり5760本再現される、とは読めないのです。
dpiが間違っているわけではありません。ドットを置く側の性能を、正しく表しています。ただ、私が知りたかった「ぼけがどう伝わるか」とは、別の数字だった。前の記事で0.03 mmに対して立てた問い——その数字は、何の数字なのか——を、dpiにも立てておく必要があった、ということです。
プリンタと紙は、ぼけをどれだけ広げるのか
では、プリント系はぼけをどれだけ広げるのか。
これは、測れば分かることです。プリントした縞や境目を細かく読み取って、「どれくらい細かい濃淡まで伝えられるか」を調べる測り方があります。1 mmのなかに白と黒の組が何組入る細かさまで、コントラストが半分残るか、というような値です。
公開されている測定は、あります。ただ、少ない。そして、古い。
私が調べたのは、画像科学や印刷の主な学術誌と学会、標準規格、メーカーの技術資料、それに独立した測定者の公開データで、2026年9月の時点です。その範囲で見つけられた写真用プリンタの測定は、1999年から2019年までの、次の例でほぼ全部でした。
| 年 | 測ったもの | インク | 紙 | 半分のコントラストが残る細かさ(1 mmあたりの白黒の組の数) | 測定系の補正 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1999〜2000 | Epson PM770C(家庭用、720 dpi) | 染料 | 光沢/マット/上質 | 約6.1/6.4/4.9 | あり(査読論文) |
| 2002頃 | Epson Stylus Photo 1270 | 染料 | 半光沢/マット | 約4.7/4.5 | なし(スキャナ込み) |
| 2015 | HP DesignJet Z3100(画像データ600 ppi) | 顔料 | マット/ラスター | 約5.3/5.4 | なし(カメラ込み) |
| 2019 | Epson SureColor P800(画像データ720 ppi) | 顔料 | 光沢 | 約3.5〜4.3 | なし(スキャナは1 mmあたり16組まで損失ほぼ無しと確認) |
| 2019 | 機種不明(Epson系と推定) | 不明 | 不明 | 約5.1〜5.3 | なし(カメラ込み) |
表1:公開されている写真用インクジェットのプリント系の測定例。「画像データ○ ppi」は、プリンタに渡した画像の1インチあたりの画素数。上の3行は1999〜2015年、下の2行は2019年の例で、いずれも「現在のプリンタの一般的な値」ではない。1999〜2000年の値は千葉大学とセイコーエプソンの査読論文、2002年頃の値は個人の測定者の解説記事、2015年はImatest社の技術資料、2019年のP800は個人の測定者による公開記事、2019年の機種不明の例はImatest社の学会発表による。
この表から言えることを、三つに絞ります。
一つ。現在市販されている写真用の顔料プリンタを、測定系の影響(スキャナやカメラで読み取るときに加わるぼけ)を取り除いた査読付きの方法で測った公開データは、見つかりませんでした。「存在しない」とは言えません。見つからなかった、までです。
二つ。1999年の例では、光沢紙とマット紙の差は数パーセントで、コートされていない上質紙だけが二割ほど低い。別のプリンタでは、同じ紙で印刷方向を90度変えただけで一割ほど変わっています。この範囲で言えるのは、コートされた写真用紙どうしの差は、紙の種類で順位をつけられるほど大きくない、というところまでです。光沢紙がシャープだ、マット紙は甘い、と一般には言えません。
三つ。2019年のP800の例は、1999年の例より高い値ではなく、むしろ低い側にあります。一台のプリンタ、一種類の紙、一枚のプリントを、一人の測定者が測った例ですから、「いまのプリンタは昔より甘い」とも「鮮鋭だ」とも言えません。言えるのは、「二十年で当然よくなったはずだ」という前提を支える公開データが無い、ということだけです。
0.03 mmを伸ばして、載せてみる
ここまでを、0.03 mmに当てはめます。
センサー面の0.03 mmのぼけは、プリントに伸ばすと、こうなります。
- 5倍(はがき〜2L判くらい。0.03 mmの規約の原点):0.15 mm
- A4(長辺で約8.3倍):約0.25 mm
- A3(約11.7倍):約0.35 mm
- 20倍(全紙級):0.6 mm
これは幾何だけの話で、まだプリント系は何も足していません。
図2:センサー面の0.03 mmのぼけを、プリントに伸ばしたときの直径。5倍で0.15 mm、A4で約0.25 mm、A3で約0.35 mm、20倍で0.6 mm。同じ縮尺で描いてあり、1 mmの目盛を添えた。拡大だけの幾何で、プリント系はまだ何も足していない。見える/見えないの境界も、見る距離も示していない。
ここに、プリント系の足すぼけを重ねます。
1999年の測定例には、プリント系のぼけの「形」が記録されています。その形を仮定すると、プリント系が足すぼけの幅は、光沢紙で約0.08 mm、上質紙で約0.1 mm。これを、伸ばした0.03 mmの円に重ねると、ぼけの境目の幅(暗いところから明るいところへ移る幅)は、5倍で二割強から四割弱、A4で一割前後、A3で数パーセント、20倍で一〜二パーセント広がります。
1999年に測られたプリント系を仮定すると、0.03 mmの規約の原点である5倍前後では、プリント系のぼけとカメラ側のぼけは同じ桁です。A4では一割前後、それより大きく伸ばすほど、カメラ側の0.03 mmのほうが相対的に効いてくる。
ただし、この計算は1999年の家庭用の染料プリンタで測られた形を、そのまま仮定したものです。いまのプリンタで同じ形になるかは分かりません。現在に近い顔料プリンタの測定例は2019年のP800の一例だけで、これを同じ形に当てはめると、プリント系の足すぼけの幅は1999年の例から逆算した幅の1.6〜2.1倍になり、A4でも二割から四割ほど広がる——つまり「同じ桁」の側に入ります。
だから、現在のプリンタ一般について「A4以上ならプリント系の影響は小さい」とは言えません。1999年の測定を仮定すればそう言え、2019年の一例を当てればそう言えず、いまのプリンタを、そうした補正済みの査読付きの方法で測った公開データは見つかっていない。決められない、というのが正確なところです。
図3:プリント系が、伸ばした0.03 mmのぼけの境目の幅をどれだけ広げるか(本サイトのモデル計算。境目の10–90%幅、ドライバの処理は含まない)。塗りの帯は1999年の測定(染料プリンタ、査読論文)の形を仮定した場合、破線の帯は2019年の一例(P800、顔料、一台・一紙・一枚)を同じ形に当てた場合。幅の増分であり、見え方ではない。どちらも、いまのプリンタの一般値ではなく、新旧の優劣を示す図でもない。
もう一つだけ。ここまでの「何割広がる」は、ぼけの幅の話です。それが見え方として何割違うか、という話ではありません。この区別が、この記事の後半の軸になります。
プリントにも「許容錯乱円」を決めればいいのか
ここまで読むと、こう考えたくなります。カメラ側に許容錯乱円があるのなら、プリントにも許容錯乱円を決めればいい。「この紙、このプリンタなら何mmまで」と一つ決めておけば、あとは足し算で済むのではないか。
自然な考えだと思います。けれども、一つの数字にはできませんでした。理由は三つあります。
一つ目。プリント系のぼけは、プリンタ単体でも紙単体でも決まりません。1999年の測定と、同じグループがインクの広がりと紙の散乱を分けて測った測定では、光沢紙は紙だけで見ると光の散乱が最も大きいのに、インクの広がりが最も小さく、プリント全体としてはマット紙とほぼ並びました。紙だけの性質からプリントの結果は予測できず、インクと紙は掛け算では合わさらない。組み合わせを変えるたびに、測り直すしかない。
二つ目。プリント工程には、選択式の処理が入ります。Epsonのドライバの「PhotoEnhance」や「Fix Photo」といった自動補正はシャープネスの補正を含みます。CanonのProfessional Print & Layoutには、用紙に応じて鮮鋭度の低下を補正する機能や、撮影時の深度情報を使って合焦した部分と外れた部分を分けて処理する機能があります。RIPソフトには、印刷直前のシャープネス処理を持つものがあります。いずれもユーザーが選ぶもので、初期状態や効き方は公開されていません。これらが入ると「プリント系のぼけ」は一つの値では表せなくなりますし、ピントの合った部分と外れた部分を分けて処理する機能に至っては、この記事の主題であるぼけの伝わり方そのものを変えます。
三つ目。仮に物理的なぼけの幅を一つの数字にできても、それは「見えるか」を決めません。ここが、次の節です。
だから、「プリントの許容錯乱円は何mm」という数字を、この記事は作りません。カメラ側の幾何、プリント系の伝達、プリントのサイズ、見る条件、見る人の目。この五つを、いまある公開データでは、一つの数字に畳めなかった。それが、調べた結論です。
数字で言えること、言えないこと
ここで一度、立ち止まります。
数字で言えるのは、センサー面の0.03 mmがプリントで何mmになるか(幾何で決まる)と、プリント系がその幅をどれだけ広げるか(測れば決まる。ただし公開された測定は少なく古く、いまのプリンタについては分からない)の二つです。
数字で言えないのは、それが見る人に「ぼけ」として見えるかどうか、です。
なぜ言えないのか。プリントの上でぼけを見せて、どこまで小さいぼけを見分けられるかを測った研究が、私の調べた範囲では見つからなかったからです。あるのは画面の上での実験で、そこでは、ぼけを見分けられる最小の量が、写っているものによって5倍ほど、コントラストによって5〜6倍ほど変わります。もともと少しぼけている画像のほうが追加のぼけに敏感になる、という結果もあります。「この幅以下なら誰にも見えない」という線は、画面の上でさえ一本に引けていません。
プリントの品質を数値で評価する方法はあります。ただそれは「どれくらい上等に見えるか」を段階で表す尺度であって、「このぼけを見分けられるか」の確率ではありません。
だから、前の節で計算した「何割広がる」を、そのまま「何割見えやすくなる」とは読めないのです。
これが、この記事の中心です。プリントの上で何mmに広がるかと、それを人がぼけとして認識するかは、別の問いです。前者は計算と測定の問題で、後者はまだ一つの数字になっていない。前の記事で「角度だけでも決まらない」と書いたのと、同じことです。
図4:別々の二つの問い。左は「プリント上で、ぼけは何mmに広がるか」で、計算と測定で決まる。右は「そのぼけを、人がぼけとして認識するか」で、プリントのサイズ、見る距離、見る人、何を見ようとしているか、写っているもの、コントラスト、もとのぼけの量が関わり、まだ一つの数字になっていない。左が決まっても、右は決まらない。二つを矢印で結んでいないのは、そのためである。
ここまでが、調べて分かったことです。
書きながら、気づいたことがあります。数字で決まらないところを、私自身はどうしていたのか。振り返ると、私は出力の側では、数字を持っていませんでした。
私は、プリントの数字を持っていなかった
撮影側では、前の記事に書いたとおり、0.03という数字を使っていました。出力側では、プリンタや紙の性能を数字で管理したことがありません。持っていなかった、というのが正確です。
1995年から2000年前後、写真展のためのプリントは、プロラボに出していました。写真弘社です。私の記憶では、ポジの原版を引き伸ばし機にかけて印画紙に焼く、光学的なプリントでした。インクジェットではありません。
この記事の前半で並べた測定は、だから、当時の私のプリントには当てはまりません。前半で扱ったのはインクジェットとデジタル露光のプリント系で、私のプリントは光学引き伸ばしでした。そこは分けておきます。
当時の私は、こう考えていました。
「もう、日本一のプロラボに出してるんだから、そこでクオリティに満足できなくても、それ以上は無いだろう。」
日本一というのは、当時の私の評価です。客観的な順位ではありません。ただ、本気でそう思っていたので、プリント工程を数字で管理するという発想を持たなかった。いま振り返ると、プリントの品質を軽く見ていたのではなく、自分で数値を持つ領域ではなく、いちばん上だと思う専門家に委ねる領域だと考えていたのだと思います。
仕上げも同じです。プリントのサイズに合わせて特別にシャープネスを上げる、といったことはしていません。下手に上げすぎると良くない。だからいつも通りの仕上げをする。そのうえで、シャープネスや彩度や色調を直したほうがよいのであれば、写真弘社側に任せていました。ラボが実際に何をしたかは、私には分かりません。
できあがったプリントを、私はどう見ていたか
委ねていた、といっても、できあがったプリントを見ずに展示したわけではありません。グループ展の展示作品でしたから、変なものは展示できなかった。できあがったプリントは、厳しく確認していました。
見方は、二つです。離れて全体を見る。ここで見ていたのは、主に色味と雰囲気でした。近寄って細部を見る。ここで見ていたのは、主にピントと粒子でした。原版を見るときの3.5倍のルーペは、プリントの確認には持ち出していません。プリントは肉眼で見ていました。
1×2 mの大型プリントでも、当然、近寄って細部を見ました。原版をルーペで見ているだけでは分からなかった小さなブレが、大きく伸ばすと見えることがあるからです。前の記事で書いた、あのプリントに近寄って「甘い」と思った話も、こうして見たときのことです。あのプリントが甘かった原因は、プリント工程のせいなのか、撮影側のせいなのか、伸ばしすぎだったのか、いまも分かりません。分かっているのは、私が近寄って見た、ということだけです。
直せるものなら、再プリントを頼みました。頼んでも直らないものは、ラボの側から断られることもありました。
写真展で、見る人の距離を想定して作ったことはありません。
「遠くからしか見ない人もいれば、近くから凝視する人も居る。それは、その人の自由。」
これは私の考えで、観客がどう見るかを測った話ではありません。前の記事で、人が実際にプリントを見る距離はサイズに比例しては伸びない、という測定を紹介しました。それとは別に、作った私自身は、離れても見たし、近寄っても見た。どちらか一方の距離で「正しく見る」ものだとは、思っていませんでした。
いま振り返ると、この「離れて全体、近寄って細部」は、K-1以降のデジタルで「写真全体を見て、必要な部分だけ100%表示で確認する」という見方と、よく似ています。
原版がデジタルになっても、変わらなかったもの
一つ、正確に書いておきます。写真展の作品を銀塩に限っていたのは、私がデジタルカメラを使う前の話ではありません。デジタルカメラはすでに使っていました。ただ、当時のグループ展は、方針として、展示作品を銀塩に限定していた。私はこの方針にかなり反対でしたが、当時の私に、それを変えるだけの力はありませんでした。数年後には、デジタルの作品も展示するようになりました。
デジタルのデータから写真展用のプリントを作るようになってからも、頼む先は同じ写真弘社で、担当の窓口の人も同じでした。
原版は、ポジからデジタルのデータに変わりました。プリントの工程も、変わりました。
「やり方も同じ。原版がデジタルになって、プリント工程が変っても、人は変わっていない。」
プリントの方式が同じだった、という意味ではありません。同じラボに出し、同じ窓口の人と話し、できあがったプリントを自分の目で確かめ、必要なら直してもらう。その関係が、原版と工程が変わっても続いた、ということです。
私はプリントの数字を持っていなかった。その代わりに持っていたのは、信頼できる工程と、完成した実物を自分の目で見る習慣でした。
見えるかどうかは、自分の目で決める
最初の問いに戻ります。0.03 mmのぼけは、プリントすると本当に見えるのか。
センサー面の0.03 mmがプリントで何mmになるかは、計算で決まります。5倍で0.15 mm、A4で約0.25 mm、20倍で0.6 mm。
プリント系がその幅をどれだけ広げるかは、測れば決まります。1999年の測定を仮定すれば、5倍前後で同じ桁、A4で一割前後、20倍でほぼ変わらない。ただし、いまのプリンタについて同じことを言える公開データは見つかっておらず、2019年の顔料プリンタの一例を当てればA4でも同じ桁になり得る。ここは、決められない。
そして、それが見る人にぼけとして見えるかどうかは、プリントの上では測られていません。見る人や見方によって違う、という以上に、「見分けられる最小のぼけ」そのものが、写っているものとコントラストで何倍も動く。
だから「プリントの許容錯乱円は何mm」という一つの数字は、この記事からは出てきません。数字で管理できるところまでは、数字で管理できる。撮影側の0.03 mmも、プリント上の幅も、そうです。けれども、最後の「このプリントのこのぼけが、見る人に気になるか」という判断の条件までは、いまある公開データでは一つの数字になりませんでした。
私自身は、その最後の判断を、できあがったプリントを見て決めてきました。
前の記事の終わりに、こういう趣旨のことを書きました。0.03が常に正しい数字ではない。一度、自分の条件を当てはめて検証してから、信じるか決めればいい。
プリントについても、私の答えは同じです。
気になるなら、実際にプリントして、実物を自分の目で確認する。私がダメとか大丈夫って言って、それを信じるより、自分の目を信じたら?
技術補足:もう少し詳しく知りたい人へ
記事の本文は、ここまでです。以下は本文の続きではなく、本文で「幅」「どれくらい細かい濃淡まで」と書いたところの技術的な補足です。読まなくても本文の筋は通ります。最後に、この記事を書き終えても分かっていないことを、まとめて置いておきます。
「半分のコントラストが残る細かさ」と「ぼけの幅」は、同じものではない
本文の表1に載せた値は、プリントした縞のコントラストが元の半分に落ちる空間周波数(MTF50)です。1 mmあたりの白黒の組の数(cycles/mm)で表します。
一方、本文で「ぼけの幅」と書いたのは、プリント上の境目が暗いところから明るいところへ移る幅で、ここでは10%から90%まで変化する距離(10–90%幅)を使いました。
この二つは同じプリント系の性質を別の側面から見た値で、片方から片方へ機械的には換算できません。1999年の測定はプリント系のぼけ方の形をひとつの式で表していて、その形を仮定するときだけ、MTF50が6.1 cycles/mmなら10–90%幅は約0.08 mm、というように対応がつきます。形が違えば、同じMTF50でも幅は違います。実際、写真印画紙のチャートの測定にもとづくモデルでは、MTF50は同じ資料のインクジェットのモデルより高いのに10–90%幅は大きくは違わない、という組み合わせになりました。境目の裾が長いからです。
だから本文では、MTF50の値を「見えるか」に直接つなげていません。周波数の数字から「この直径以下は見えない」という線は引けない、というのが調べた側の結論です。
幅は、足せるのか
カメラ側のぼけとプリント系のぼけを合わせるとき、「幅を二乗して足して平方根を取る」という計算をよく見ます。
これは、ぼけの形がどちらも正規分布(ガウス分布)のときにだけ正しい計算です。分散(σ²)の加法だけは、分散が有限な形であれば成り立ちますが、10–90%幅や半値幅や「エネルギーの半分が入る直径」は、一般には二乗和では足せません。本文の「何割広がる」は、カメラ側のぼけ(一様な円盤)とプリント系のぼけ(1999年の測定から得た形)を数値的に重ね合わせて、10–90%幅で読んだ値です。同じ重ね合わせを別の幅の定義で読むと、増分の数字は変わります。たとえば分散から求めた幅では、A4で一割前後ではなく一割強から二割ほどになります。
つまり「何割」という数字は、どの幅で測るかに依存します。本文が「桁まで」と書いているのは、そのためです。
1999〜2019年の測定を、もう少し詳しく
- 1999〜2000年、Epson PM770C(染料、720 dpi)。千葉大学とセイコーエプソンの共著。マイクロデンシトメータで測定し、測定系の影響を補正。光沢コート/マットコート/上質紙で、ぼけ方の形のパラメータが0.020/0.019/0.025 mm。MTF50に換算すると約6.1/6.4/4.9 cycles/mm。同じグループの2002年の論文では、インクの広がりだけの伝達と、紙の光散乱を分けて測っていて、光沢紙は紙の散乱が最も大きいのにインクの広がりが最も小さい、という結果でした。
- 2002年頃、Epson Stylus Photo 1270(染料)。半光沢紙で約4.7、マット紙で約4.5 cycles/mm。同じ紙で印刷方向を90度変えると約4.3。スキャナの影響は補正されていません。
- 2015年、HP DesignJet Z3100(顔料、画像データ600 ppi)。マット紙で約5.3、ラスター紙で約5.4 cycles/mm。カメラで撮影して測定、補正なし。
- 2019年、Epson SureColor P800(顔料、光沢紙、画像データ720 ppi、最高画質)。低コントラストの境目を4800 ppiでスキャン。MTF50は読み取り方によって約3.5〜4.25 cycles/mm、10–90%幅は約0.17 mm。スキャナは16 cycles/mmまで損失がほぼ無いことを確認したうえで、補正はしていません。一台・一紙・一枚・一人の測定です。
- 2019年、機種不明のインクジェット(Imatest社のチャート用測定)。MTF50約5.1〜5.3 cycles/mm。カメラ込み。
いずれも条件の揃っていない例の集まりで、「現在の一般値」ではありません。
ドライバの中で、何が起きているか(分かっている範囲で)
画像はまず、プリンタが受け取る格子に並べ直されます。HPは、この描画解像度を300/600/1200 ppiと公開し、印刷モードでどれになるかを表にしています。Epsonは、RIPソフト向けの文書から、機種によって360/720 ppiまたは600/1200 ppiで受け取ることが分かります。Canonについては、この値は公開資料に見当たりませんでした。並べ直しにどんな計算を使っているかは、どのメーカーの公開資料にも見当たりません。
その後、色の変換、ハーフトーン(濃淡をドットの疎密に変える処理)、ドットの配置と続き、最後にインクの広がりと紙の散乱が来ます。この連なりのうち、境目をなだらかにする方向にはっきり働くのは、最初の並べ直しと最後のインク・紙の段で、ハーフトーンは主にざらつきを足します。
シャープネスに関わる処理は、選択式で入ります。Epsonの「PhotoEnhance」はシャープネスを含む自動補正で、標準の色設定を選べば入りません。同じEpsonの「Finest Detail(ファインディテール)」は、公式の説明では文字や線画のエッジを鮮鋭にする設定で、「写真には影響しない」とされています。CanonのProfessional Print & Layoutには、用紙に応じた鮮鋭度の補正と、撮影時の深度情報を使う補正があり、いずれもチェックボックスです。初期状態と効き方は公開されていません。
銀塩のデジタル露光は、どうなのか
写真店やプロラボの銀塩プリント(レーザーやLEDで印画紙を露光し、現像する方式)については、公開された測定がさらに少ない。
KodakやFujifilmの印画紙の技術資料には、現行版にも2000年代の版にも、ぼけの伝わり方や解像力の数値は載っていません。露光機と印画紙を組み合わせた系としての測定も、見つかりませんでした。
分かっているのは、1990年代の特許に記録された測定です。Kodakの特許では、レーザーのスポットの大きさは画素の間隔とほぼ同じで、細い白抜きの線が周りの濃度で埋まる程度は、露光が強いほど大きくなりました。つまり、銀塩プリントのぼけは、露光の濃さによって変わる、ということです。ここから「銀塩はインクジェットより鮮鋭だ」とも、その逆も、言えません。
「知覚解像度」の規格はあるけれど
印刷物の細部の再現を評価する国際規格(ISO/TS 18621-31)があります。ただしこれは、専用のチャートを印刷してスキャンし、一つの「スコア」を出す規格で、ぼけの伝わり方(MTF)を測る規格ではありません。写真用プリンタについて、この規格のスコアが公開されている例も見つかりませんでした。
画質を「見た目の段階(JND)」で評価する方法もあり、プリントの伝達特性を式に含めるものもあります。それらは「どれくらい上等に見えるか」の尺度で、「このぼけを見分けられるか」の確率ではない。本文で「見えるかは決まっていない」と書いたのは、この点です。
この記事を書き終えても、分かっていないこと
- 現在市販されている写真用の顔料プリンタが、測定系の影響を取り除いた方法で測ると、ぼけをどれだけ広げるのか(公開データが見つからなかった)
- 銀塩のデジタル露光系(露光機と印画紙の組み合わせ)が、ぼけをどれだけ広げるのか
- 画像を300/360 ppiで渡すのと600/720 ppiで渡すのとで、プリントの細部がどれだけ変わるのか(測定と、見え方の実験の両方が見つからなかった)
- プリンタドライバの中の並べ直しの計算と、自動補正の初期状態・効き方
- プリントの上で、人がどこまで小さいぼけを見分けられるのか——この記事の問いそのものが、ここに残ります
- 私の1×2 mのプリントが「甘い」と感じられた原因