PENTAXのアストロトレーサーを使うと、普通に固定撮影すれば流れてしまう星を、点に近い状態で写すことができます。
その代わり、地上の山や建物は流れます。
でも、これはアストロトレーサーだけに起きる特別な現象ではありません。
赤道儀を使って星を追尾しても同じです。
星を止めて撮れば、今度は地上が流れます。
考えてみれば当然のことで、アストロトレーサーを使っても赤道儀を使っても、地球の自転そのものを止めることはできないからです。
普通にカメラを三脚へ固定して撮影すれば、地上は止まり、星が流れます。
星を追尾すれば、星の流れは小さくなりますが、その代わり地上が流れます。
星と地上の間にある相対的な動きそのものが、なくなったわけではありません。
では、アストロトレーサーと赤道儀では何が違うのでしょうか。
大きな違いは、何を動かして星を追っているかです。
赤道儀は、カメラとレンズそのものを地球の自転に合わせて動かします。
一方、アストロトレーサーでは、カメラとレンズは三脚に固定したままです。
動くのは、カメラの中にある撮像素子です。
この違いを知ると、アストロトレーサーで地上が流れる仕組みだけでなく、その流れ方まで見えてきます。
私がアストロトレーサーに関わったのは、製品が発売された2011年までさかのぼります。
私の記憶では、当時はPENTAX K-5と発売前の試作機を使って撮影しました。『フォトテクニックデジタル』2011年8月号で「GPS UNIT O-GPS1」のTest Reportを担当しています。
そのころから、星を追えば地上が流れることも、PENTAXの撮像素子が上下左右への移動だけでなく回転も利用できることも知っていました。
ですから今回調べ直したのは、
「アストロトレーサーを使うと、なぜ地上が流れるのか?」
という基本原理そのものではありません。
撮像素子を移動・回転させて星を追ったとき、地上の像は画面の中で実際にはどのように動くのか。
長年使ってきたアストロトレーサーを、公式資料や特許、当時の開発者インタビュー、そして幾何学的なモデルまで含めて、改めて整理してみることにしました。
まず、固定撮影で何が起きているのか
アストロトレーサーの仕組みを考える前に、普通の固定撮影から整理してみます。
カメラを三脚に載せて固定します。
カメラもレンズも動きません。
地上にある山や建物も動いていなければ、それらの像は画面上の同じ場所に写り続けます。
一方、星はそうではありません。
地球が自転しているため、地上から見ると星空全体が時間とともに動いて見えます。
そのため露光時間を長くすれば、星は点ではなく線になっていきます。
つまり固定撮影では、
地上は止まる。
星は流れる。
という関係になります。
図1:固定撮影・アストロトレーサー・赤道儀。動かすものは違うが、星を止めれば地上が流れるという関係は同じ。
では、星を止めるにはどうすればいいでしょう。
星の動きに合わせて、撮影する側も動かせばいい。
それが追尾撮影です。
星を追えば、今度は地上が流れる
赤道儀では、地球の自転によって星が動いて見える分だけ、カメラとレンズを動かして星を追います。
そうすれば、露光中も星は画面上のほぼ同じ場所にとどまり、星を点として写しやすくなります。
しかし、そのカメラから見れば、今度は地上が動きます。
山も建物も実際には動いていません。
それでも星を追ってカメラの向きそのものが変わっていくため、写真の中では地上が流れていきます。
アストロトレーサーでも、結果だけ見れば同じことが起こります。
星を追えば、地上が流れる。
これはアストロトレーサーの欠点ではありません。
赤道儀でも同じです。
星と地上の間にある相対的な動きそのものを、追尾装置で消すことはできないからです。
地球の自転は止められません。
では、同じように「星を止めて、地上が流れる」のなら、アストロトレーサーと赤道儀は何が違うのでしょうか。
違うのは、「何を動かしているか」
赤道儀は、カメラとレンズそのものを動かします。
アストロトレーサーは違います。
三脚の上に載っているカメラは動きません。
レンズも動きません。
動くのは、カメラ内部の撮像素子です。
そのために使われているのが、PENTAXのSR(Shake Reduction)機構です。
初代O-GPS1では、GPSから得られる緯度、電子コンパスや加速度センサーから得られるカメラの方位や傾き、レンズの焦点距離、日時などの情報から天体の動きを計算し、それに合わせて撮像素子を動かします。
その後、GPS機能を本体に内蔵したK-1などでは、外付けのO-GPS1を装着しなくてもアストロトレーサーを利用できるようになりました。
ここで重要なのはGPSそのものではありません。
カメラとレンズを固定したまま、撮像素子を動かして星を追う。
これがアストロトレーサーの大きな特徴です。
動いているのはセンサー。地上の像は動いていない
では、カメラの中で何が起きているのかを考えてみます。
カメラとレンズは固定されています。
地上にある山も動いていません。
ですから、レンズによって作られる山の像も動きません。
ところが、その像を受け取っている撮像素子のほうが、星を追うために動いています。
つまり、
地上の像が動いているのではなく、
その下で撮像素子が動いている。
撮像素子から見れば、結果として地上の像が反対方向へ移動していくことになります。
図2:地上の像は動いていない。動いているのは、その下の撮像素子。
これが、アストロトレーサーで地上が流れて写る基本的な仕組みです。
ただし、ここまでなら話はかなり単純です。
「星を追った分だけ、地上が反対へ動く」
と考えても、大きくは間違っていません。
ところが実際には、もう少し複雑です。
撮像素子は、上下左右に動くだけではない
PENTAXのSR機構では、撮像素子をX方向、Y方向へ移動させるだけでなく、光軸まわりに回転させることもできます。
アストロトレーサーは、
X方向の移動
+ Y方向の移動
+ 回転
という撮像素子の動きを利用して星を追います。
これは今回初めて知ったことではありません。
私が2011年に最初のアストロトレーサーを使っていたころから理解していた仕組みです。
ただ、今回改めて考えてみたかったのは、その先でした。
撮像素子が単純に一方向へ移動するだけなら、地上も画面全体で同じ方向へ流れると考えればよさそうです。
しかし、そこに回転まで加わったらどうなるのでしょう。
画面中央にある山と、画面の隅にある木では、同じように流れるのでしょうか。
そこで、実際に計算してみました。
地上の流れ方は、画面の場所によって違う
ここから先は、PENTAX実機の内部動作を測定した話ではありません。
実際の制御アルゴリズムがどのように撮像素子を動かしているのか、そのすべてが公開されているわけでもありません。
そこで今回は、撮像素子を
「像面内でX/Y方向へ移動し、回転もできる一枚の平面」
として理想化し、幾何学的にどうなるのかを計算しました。
すると、地上の流れは画面全体で一様にはなりません。
撮像素子に回転が加われば、画面中心から離れた場所ほど、回転による移動量も大きくなります。
そのため、地上の像が流れる方向も長さも、画面内の場所によって変わります。
撮影方向によっては、画面全体がほぼ同じ方向へ流れているように見える場合もあります。
一方で、回転成分が強く現れる条件では、画面の場所によって流れる方向そのものが変わります。
普段、私たちはまとめて「地上がブレる」と言っています。
実写上はそれでも困りません。
でも仕組みを細かく見ていくと、単純な手ブレのように画面全体が同じ方向へズレているわけではないのです。
ただし、ここで書いたのはあくまで理想化モデルから見えることであって、PENTAX実機を測定した結果ではありません。
近くの岩だから大きく流れる、というわけでもない
もうひとつ、直感とは少し違うところがあります。
たとえば画面の手前に岩があり、遠くに山があるとします。
「近くの岩のほうが大きく流れるのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、アストロトレーサーではカメラそのものは動いていません。
そのため、カメラを横へ移動させたときのような視差は発生しません。
静止している被写体なら、近くの岩も遠くの山も、レンズが作る像面上では止まっています。
その像に対して撮像素子が動きます。
ですから地上の流れを決めるうえで重要なのは、
被写体までの距離ではなく、画面上のどこに写っているか。
そして、
撮像素子がどのように移動・回転しているか。
です。
普通の「カメラブレ」とは、少し違う現象です。
固定撮影と追尾撮影では、動く側が入れ替わる
ここまでの話を、もう一度単純にしてみます。
固定撮影なら、
地上は止まり、星が流れる。
追尾撮影なら、
星の流れを小さくする代わりに、地上が流れる。
アストロトレーサーでも赤道儀でも、この基本的な関係は同じです。
地球の自転そのものがなくなったわけではありません。
星と地上の相対的な動きが消えたわけでもありません。
追尾することで、その動きが写真のどちら側に現れるかが変わっているのです。
私は、これはアストロトレーサーの欠点というより、星と地上を一緒に写す星景写真そのものが持っている問題だと考えています。
地球の自転は止められないからです。
Type2は、そのバランスを変える
現在のアストロトレーサーには、この星と地上の関係に対して別のバランスを選べるType2があります。
RICOHはType1を、天体の日周運動に対してイメージセンサーを追従させ、星を点像として撮影することを優先するモードと説明しています。
一方Type2は、イメージセンサーをType1の半分の速度で追従させることで、地上風景の流れを抑え、星と風景の両方をバランスよく撮影するモードと説明しています。
つまりType1では星をより強く追い、Type2ではその追い方を弱めることで、地上側に現れる流れを抑えます。
ここでも、
星をどこまで止めるのか。
地上をどこまで止めるのか。
という関係は変わりません。
ただし、
「Type2なら星50%、地上50%」
と単純に考えるのも正確ではありません。
星と地上が画面のどこでも同じように動くわけではないからです。
ここでは、Type2は星と地上に現れる動きのバランスを変える選択肢と考えておけばいいでしょう。
実際にType2で露光時間を2倍にすればいいのか、という問題はアストロトレーサー②「何秒追尾すればいい?」で計算します。
2019年に書いた「1〜2分」は、15mmでの話だった
2019年、私はデジカメ Watchの「ここからはじめる星景写真」で、PENTAX K-1 Mark IIとアストロトレーサーを使った星景写真を紹介しました。
そのとき掲載した燕岳での作例は、
15mm / F2.8 / 60秒 / ISO3200
でした。
記事では、条件によって最大5分まで追尾できる一方、星景写真では星を止めたぶん地上風景がブレるため、露光時間を1〜2分程度に留める、という考え方を書いています。
ただし、この「1〜2分」は、
アストロトレーサーなら1〜2分にする
という一般則として書いたものではありません。
そのとき私が使っていたK-1系と15mmという条件で、星景写真として地上のブレとのバランスを考えた実践的な目安です。
焦点距離が変われば、同じ時間でも地上に現れるブレの大きさは変わります。
撮影方向によっても変わります。
そして、写真をどの大きさで見るのか、地上のブレをどこまで許容するのかによっても判断は変わります。
ですから、
「最大何分追尾できるのか」
と、
「作品として何分追尾したいのか」
は別の問題です。
これは2026年になって初めて気づいたことではありません。
メーカーの作例を撮影していたころから、私はこの二つを分けて考えていました。
製品の性能を示す作例では、どこまで追尾できるのかを見せることにも意味があります。
一方、自分が星景写真として撮るのであれば、最大追尾時間を使い切ることが目的ではありません。
実際、15mmでは最終的に1〜2分程度を使うことが多くなりました。
では、その時間は何によって決めればいいのでしょうか。
15mmなら1〜2分だったとして、24mmならどうなのか。
50mmならどうなのか。
メーカーが表示する「追尾可能時間」は、そもそも「星がきれいに止まることを保証する時間」なのでしょうか。
これはアストロトレーサー②「何秒追尾すればいい?」で詳しく考えます。
でも、もうひとつ問題がある
ここまでの説明では、
「それなら撮像素子を十分正確に動かせば、星は画面全体で完全に止められるのでは?」
と思うかもしれません。
ところが、超広角レンズや魚眼レンズを使ってアストロトレーサーで撮影すると、画面中央では星がよく止まっているのに、周辺では流れて見えることがあります。
私はこの現象自体は昔から知っていました。
特に魚眼レンズについては、
「魚眼なのだから、周辺まで完全に補正できないのは仕方がないのだろう」
と思っていました。
魚眼は普通のレンズとは違う特殊な投影をします。
だからアストロトレーサーとの相性も悪いのだろう。
長い間、そう考えていたのです。
ところが今回、
本当に魚眼だからなのか?
と改めて疑って、幾何学的に計算してみました。
結果は、私の予想とは逆でした。
これは次々回の記事で扱います。
→ アストロトレーサー③「なぜ超広角の周辺では星が流れるのか?」
まとめ
アストロトレーサーで星を追うと、地上が流れます。
しかし、それはアストロトレーサーだけの特殊な問題ではありません。
赤道儀でも同じです。
固定撮影では、
地上を止めて、星側に動きを残す。
追尾撮影では、
星の動きを小さくして、地上側に動きが現れる。
星と地上の間にある相対的な動きそのものをなくすことはできません。
地球の自転は止められないからです。
アストロトレーサーが面白いのは、その追尾を赤道儀とはまったく違う方法で実現しているところです。
カメラもレンズも動かさず、
撮像素子をX/Y方向へ移動し、さらに回転させて星を追う。
そのため地上の流れも、単純に画面全体が同じ方向へ動くだけではありません。
そして、さらに画角を広げていくと、今度は地上だけではなく、追尾しているはずの星側にも別の問題が見えてきます。
まずは、
「星を止めれば地上が流れる」ことと、
「アストロトレーサーが撮像素子を動かして星を追う」ことは、別々に考える。
ここを押さえておくと、この先の話がかなり分かりやすくなると思います。